PLAY! MUSEUMを皮切りに全国巡回する「絵本作家 きくちちき展 いきものRhapsody」が10月7日に始まりました。前日に行われた内覧会の様子をお届けします。高さ3メートル、幅1.8メートルからなる巨大な絵本原画30点で構成される「空間絵本」など、本展のために制作された作品をはじめ、これまで制作した絵本から厳選した原画約150点が並ぶなか、きくちちきさんがプレス関係者に向けてギャラリートークを行いました。司会はPLAY! プロデューサーの草刈大介です。

取材・執筆:宮崎香菜
会場撮影:鈴木陽介
まっすぐで力強い「希望の絵本」
草刈 皆さん、こんにちは。本日は気持ちの良い秋晴れですね。PLAY! MUSEUMの内覧会は、あまり晴れていることがなく、これまでで最高に天気がいい内覧会かもしれません。
きくちちきさんは2012年に『しろねこくろねこ』でデビューされてから、新作『いきものRhapsody』まで77冊の絵本を発表しています。希望の絵本ともいえる、まっすぐで力強い作品は、友情、やさしさ、驚きなど、大人になると見えにくくなっている大切なことを、シンプルに描いています。
この会場にあるこれまでの77冊と、今回ちきさんに無理を言って作っていただいた、大きな空間を使った渾身の超大作『いきものRhapsody』を通して、私たちがいま求めていること、いま必要なこととは何か、思いを巡らせていただけたらと考えております。それでは、実際に会場を巡りながらちきさんに作品についてお話を聞いていきたいと思います。
きくち 絵本作家のきくちちきです。実は僕はめちゃくちゃ雨男なのですが、今日はこんなに晴れています。

きくち いま草刈さんがおっしゃっていたように、今回はなかなかの無茶ぶりもしていただきまして(笑)。でも、心から楽しそうだな、やってみたいなという気持ちで取り組むことができ、たくさんの人たちと作り上げた展覧会です。なかでも、新作の『いきものRhapsody』はこれまでの作品の集大成というか、それをも超えた未来に向けての僕なりのラプソディが生まれたような気がしています。ぜひ展覧会を楽しんでいただきたいと思います。
骨董市で出会った100年前のフランスの絵本
それでは展示室に入っていきましょう。まず、会場に入ってすぐのガラスケースには、古い美しい装丁の絵本が飾られています。これは、ちきさんの活動における“原点”ともいえる大事な本です。
きくち これはモンヴェルというフランスの画家が描いたもので、僕の絵本づくりの始まりとなった絵本です。絵本作家になる前は、グラフィックデザイナーとして働いていましたが、うまくいかず会社を辞めて、そのあと友人と立ち上げた事務所も辞めて、ハウスクリーニングのアルバイトをしながらふらふらしている時期がありました。そんなとき、目的もなく骨董市を見ていると、佇まいが何か違うと思える一冊の本に惹きつけられ、お店の方に話を聞いてみると100年以上前の絵本だと教えてくれました。中を見せてもらうと、体に電気が走るってこういうことなのかと思うくらい衝撃を受け、一気に絵本を描きたいという気持ちになりました。

草刈 ちきさんは大学で建築を勉強されていたそうですね。学生の頃から何か作りたいという気持ちはずっとあったわけですよね。でも、実際に絵本を描き始めたのは、この本に出会ってからなのですね。ちきさんの最初の絵本は手製で作ったそうですが、完成させるまでどのくらい時間があったのでしょうか?
きくち 最初は描いた絵に言葉を添えてファイルしていただけだったのですが、溜まったタイミングで、展示をしてみたら?と言ってくださった方がいて、展覧会をせっかくするなら一度本の形にしてみようと作ったんです。モンヴェルの本を見てから1年後くらいですね。

草刈 それはすごい集中力ですね。そのときの個展が商業出版のデビューのきっかけなのでしょうか。
きくち すぐというわけではないですが、展示の後にまた別の展示に声をかけてもらって、そこでも手製本を作ったら、出版社さんから声をかけてもらいました。運がよかったです。
会場では、ちきさんの貴重な手製本も見ることができます。2009年に作った『しろねこくろねこ』は、2012年に商業出版され、2013年のブラチスラバ世界絵本原画展で金のりんご賞を受賞しました。
草刈 会場では、これまで出版された絵本のコーナーは「『しろ』と『くろ』」「季節のけしき」などテーマごとに6つに分けられており、作品世界をちきさんが選んでくださった原画とともに楽しめます。
きくち 『しろねこくろねこ』(2012年)と、『しろとくろ』(2019年)、『くろ』(2022年)は、世界観、テーマ、キャラクター、絵のタッチなど通じるものがあります。また、季節の作品は出身地である北海道の自然を思い浮かべて描きました。どちらも思い入れがある作品ですね。


草刈 たくさんの絵本があるなかで、展示する原画はどのように選んでくださったのですか?
きくち どれも気に入っている絵が多いですが、会場で見てくださる方が数点の原画を見ても絵本の物語を意識できるように選んでいます。
ひとつの作品に対して、1000枚描くことも
草刈 ちきさんの絵本は動物がたくさん描かれています。なぜなのですか?
きくち 動物が好きだからです。逆にいうと、人間を描くのが苦手で、動物を描くほうが、のびのびと気持ちを乗せやすいからです。人間は自分の中でフィルターがかかってしまってうまく表現できないんです。ただ、息子が生まれてからは、息子なら描けるという気持ちになり、少し人間が増えてきました。僕、“親バカ”で息子を溺愛しているので(笑)。息子が好きな動物を描きたいなと思って、作品の中に増えていきました。


草刈 フィルターがかかるというのはどういうことなんですか?
きくち 僕なんかが、人間について何か言ったり、描いたりしていいのか?と思うことがあります。人間を描くことに対しては、どうしてもうがった見方をしてしまいます。自分はダメな人間だと思っているので……。
草刈 そんなわけないですよ!
きくち 本当にたまたま絵本に出会えて、最近は少しは世の中のためになっているかなと思えるようになってきました。息子に救われて、どんどんものの見方が変わっています。そして、愛犬のクロにも助けられていますね。
草刈 一冊仕上げるまで、たくさん描くのが、ちきさんの絵本作りの特徴のひとつだそうですね。
きくち 僕の場合は枚数を描いて、手探りでテーマを見つけていくんですね。作品のイメージが浮かんでもすぐに描き出せないので、まずはラフをたくさん作ってみて、方向性が決まってから本描きをするのですが、そこでもいろいろ手を動かしたくなって、いちから描き直すこともあります。そうやって物語の世界がだんだん広がっていきます。ちょっとずつしか見えてこないのです。
草刈 今回の展覧会図録のインタビューにありましたが、ひとつの作品に対して1000枚くらい描くこともあるそうですね。
きくち 原画を1000枚描くこともありますし、ラフも合わせるともっともっと描いてますね。
草刈 描き続けることによって一瞬の光をとらえようということですか。
きくち その言い方は、かっこいいですね(笑)。でも、おっしゃる通りです。描くなかで、自分が何を望んで描いているのか見えてくるんです。寝ずに描くなんてことをすると、やっぱり疲れますが、そういうなかで肩の力がふっと抜けたときに、絵が光って教えてくれるという体験をするときがあります。


草刈 息子さんのお話も出ましたが、ちきさんご自身はどんなお子さんだったんでしょうか?
きくち 子どもの頃からいまもずっと目に見えない世界への関心がありますね。般若とかメデューサとか龍とか……。この世のものではないものに興味があってよく描いていました。でも、学校ではマンガクラブに入っていたので、『北斗の拳』とか『ドラゴンボール』とか大好きなマンガもたくさん模写していました。すごくうまかったです! でも、それとは別に家でピカソとか巨匠の絵をコソコソと描いたりもしていました。なんとなく、それらは友達に見せたらいけないと思っていましたね(笑)。
高さ3メートルの原画からなる『いきものRhapsody』制作の裏側
選りすぐりの絵本原画の展示のあとは、いよいよ新作『いきものRhapsody』のコーナーへ。PLAY! MUSEUMの会場中央にあたる楕円型の空間には、高さ3メートル、幅1.8メートルの絵が30枚、全長60メートルの展示室の壁にずらりと並んでいます。これらはすべて展覧会に合わせて刊行された絵本の原画で、空間全体を巨大な絵本として体感することができます。


草刈 どのようにして大空間の展示が生まれたのでしょうか。
きくち まず、草刈さんや、展覧会を一緒に企画してくれた、いまむられいこさんから、大きな楕円の空間全体で新作を作ってはどうかと提案していただきました。それで、僕は動物をとにかくたくさん描いて、壁一周で物語が完結する絵本を作ってみたいと思いました。
普段描く絵本は、身近なものなどを小さなテーマにすることが多いのですが、今回は動物や自然の美しさ、さらに人間の美しさと醜さなど本当に大きなテーマで描こうとしたので、いろいろ迷いながら進めましたね。いろいろ試行錯誤するなかで、「ノアの方舟」の物語がひとつのヒントになり、制作を進めていきました。
新しい絵本を作ると決めたので、印刷所にも絵を渡さなくてはならない。今回は原画がとても大きいので先に撮影をしておく必要がありました。方向性が決まってから、締め切りまでの日数を改めて考えると、「やばいな……」となりました。制作期間はあと10日みたいな状況で描き始めましたが、そのうち、2泊3日で高知でイベントに行く予定もあり、これはもう絶望的なスケジュールだ!と思っていましたが、台風が来て延期になりました。イベントに関わる人たちにとっては、迷惑な話だったのですが、制作期間はとりあえず3日増えました。まる10日間で30枚を描き上げましたが、大きな作品にまみれながらこんなに集中して描くこともないので良い経験をさせてもらいましたね。
皆さんとアイデアを出し合う時間は本当に充実していて、最後は過酷な状況になってしまったのですが、その前の段階があったことで、結果的にこの作品に結びついたのだと思います。普段の絵本作りもそうですが、やりたいことがまずあって、そこから、ぐちゃぐちゃと考えて形にしていく過程が楽しいです。
草刈 いろいろな絵を描いていただき、床や天井に展示して空間を構成するという案もありましたが、これだけの大きな絵を30枚も描き壁を埋め尽くすというのは、最初の無茶振りからさらに10倍くらい大変になってしまったと思います。実際の制作が始まると、僕らは「頑張ってください」「楽しみにしています」としか言えません。その度にちきさんは「楽しくやっています」って言ってくださるんです。げっそりとした顔で(笑)。そういうお人柄もすべて作品に表れていると思います。話を聞いていると、作り手と絵が交ざり合っていて、それがちきさんの作品のすべてだと感じさせてくれます。さらに、この空間では絵を見ている人もこの中の一部に思えてくるくらいのとてつもない迫力がありますね。


草刈 『いきものRhapsody』の原画はものすごく大きいですが、会場に展示しているほかの絵本の原画も、実際の本に載っているサイズより結構大きいように思いました。いつもどのくらい仕上がりをイメージされて制作していますか?
きくち 絵本の物語に合わせて、僕が楽しく描くことが大事だと思っています。絵ができたら、デザインはデザイナーさんに託して絵本の形へと広げていってもらうというのが、僕の絵本作りには合っていると思います。絵本を一人で作っている感覚はないですね。デザイナーさん、編集者さんなどたくさんの人の力を借りるその工程も楽しいです。
草刈 ここには木彫も5体ありますね。


きくち つい彫刻もやりたいです!と言ってしまいました(笑)。こういう大きなものを作るのは初めてだったので、原木の大きさに圧倒され、どこから削っていけばいいのだろうというところからスタートしました。アトリエにある小さなチェーンソーでは何も進まない。すぐに大きなものを買わないとと思って、普段YouTubeは見ないですが、何を買うか参考にするためにじっくり見ました。とにかく必死でした(笑)。で、すごく切れるチェーンソーを手に入れてからは一心不乱に進めていきましたね。
草刈 ダイナミックな彫刻は、10数個のパーツでできていて、金具は一切使わず緻密な組み合わせでできています。大学で建築を学ばれていたからこそできることですね。
きくち 一体目が形になったとき展覧会まで数日しかなかったんです。なので、ほかも慌てて完成させました。本当は会期中に陶芸作品も増やしていきたいと思っているんです。
草刈 展覧会も少しずつ拡張して、進化していくのですね。モンヴェルが美しい絵本を作って、その100年後にちきさんが影響を受けて絵本作りを始め、こうして大きな空間の絵本を完成させた。絵本が拡張しているようですね。会場で見てくださる人はそのことをはっきりと感じ取ってくださるのではと思っています。
内覧会では、ちきさんが展示室の入口で約1時間にわたるライブペイントを披露。
新作の『いきものRhapsody』やライブペイントを見て、その壮大さと力強さに、涙を流す参加者の姿も見られました。ぜひその目でご覧ください。




