遊ぶように描く!

「イラストレーター 安⻄⽔丸展 ぼくのあそび I DRAW TO PLAY」内覧会レポート
PLAY! 内覧会の様子/左から、クレヴィス・土居裕彰さん、草刈大介

2026年5月20日(水)に「イラストレーター 安⻄⽔丸展 ぼくのあそび I DRAW TO PLAY」が開幕しました。前日に行われた内覧会のギャラリートークの様子をお届けします。

安西水丸さん(1942〜2014)は、1970年代から装丁・装画、絵本、漫画、小説、エッセイ、広告など多方面で活躍したイラストレーター。都会的で洗練されたタッチが支持されるとともに、ときに「ヘタウマ」と評されることもある独特の存在感を持つ作品は、現在も幅広い世代のファンを魅了し続けています。

内覧会には、2016年から各地を巡回する「イラストレーター 安西水丸展」の企画制作を担当したクレヴィスの土居裕彰さんと、PLAY! プロデューサーの草刈大介が登壇しました。

取材・執筆:宮崎香菜
会場撮影:高橋マナミ

安西水丸展がPLAY! から再始動

草刈 「イラストレーター 安西水丸展」は、各地で開催されてきましたが、今回は「イラストレーター 安⻄⽔丸展 ぼくのあそび I DRAW TO PLAY」と題して、PLAY! ならではの特別展示を加え、ここから新たに全国巡回が始まります。水丸さんはあらゆることに取り組まれていましたが、職業はなんですか?と聞かれると必ず「イラストレーター」と答えていたそうで、会場でたくさんの作品を見ると本当に絵を描くことが好きだったというのが、伝わってきます。「あそび」という言葉を新たにタイトルに入れたように、安西さんの遊び心あふれる作品の数々を味わっていただきたいです。

それでは、「イラストレーター 安西水丸展」を企画制作されたクレヴィスの土居さんに、お話をうかがいながら展示室を巡っていきましょう。

土居 水丸さんが亡くなったのは2014年です。水丸さんが「作品集はいままで話があっても恥ずかしいからという理由でやっていなかったのだけど、今度作ってみない?」と声をかけてくださり、「ぜひ展覧会も一緒にやらせてください」とお願いしたのが、展覧会を始めるきっかけでした。ただ、ご自身でも展覧会のプロットを考えてくださるということで、一度打ち合わせをした直後に亡くなられてしまいました。大きな宿題をいただいたように感じ、そこから2年かけて「イラストレーター 安西水丸展」を立ち上げました。さらに10年後に新しい企画に携われることは、とても幸運に思っています。

絵を描くことがいちばんの「あそび」だった

展覧会は、さまざまなジャンルの仕事から500点以上を紹介する展覧会。「あそび」というコーナーから始まり、幼少期の作品からアトリエの私物、おしゃれだった安西さんの洋服も飾られています。

草刈 小さな頃から水丸さんにとっては絵を描くことがいちばんの遊びだったそうなんです。まずご覧になっていただきたいのが、7歳のときに描いたターザンの絵です。とても伸びやかで、その後の作品にもつながるようなタッチで描かれています。それぞれの絵の横に添えられているのは、大人になった水丸さんの文章です。水丸さんが何歳のときに書かれたんですか?

土居 61歳のときですね。約50年後の水丸さんが7歳の水丸さんの絵に文章をつけるという作品集(ZINE)を作られています。

草刈 50年離れた自分自身の絵と言葉が交差して響き合うなんて面白いですよね。遊び心を感じますが、水丸さんが子どもの頃の気持ちを失わないで、描き続けることができたのは、なぜだと思いますか?

土居 草刈さんも初めにおっしゃっていたように、まずは絵を描くのが好きということですよね。それから、技巧的に上手くなることを拒んだ点でしょうか。絵を教わって個性が失われていくのにすごく恐怖があったと、いろんなところでも語られていました。イラストレーターとして生きていくのだから、自分の良さをみつけて、そこを伸ばすというか、残していくことに重きを置いたそうです。プリミティブな部分を失いたくなかったのですね。

生涯の友人たちが語る水丸さんの作風

展示室を進むと、装丁・装画を手がけた書籍、友人の作家・嵐山光三郎さんに誘われて『ガロ』に載せた漫画、さらにエッセイや小説など文筆家としての作品、そして小さな子どもたちに絶大な人気を誇る絵本『がたん ごとん がたん ごとん』などの展示が並びます。

草刈 水丸さんには本当にたくさんの引き出しがあったことがわかりますよね。映画がお好きで、映画雑誌で似顔絵を描く連載をした際のエピソードも面白いです。展示のキャプションにありますが、親しくされていた村上春樹さんに似顔絵が似ていなくて困っていると話したら、「でも、水丸さんには矢印という強い味方があるじゃないですか」と言われたとか。
(*注 安西さんが似顔絵を描くとき、描いた人物の名前やその人物についてのコメントを矢印で添えていたことを指します)

それから、なんと言っても、子どもたちに大人気の絵本『がたん ごとん がたん ごとん』。読むたびに驚きがあることを意識されたそうで、子どもに読み終えると、もう一回!となる絵本です。

絵本『がたん ごとん がたん ごとん』の展示コーナー

草刈 水丸さんがデザイナーとして働いていた出版社の元同僚だった嵐山光三郎さんと共作した絵本『ピッキーとポッキー』もありますね。おふたりのお子さんが同じ年ではじめは彼らのために描いたそうです。水丸さんの理解者だった嵐山さんが、絵のスタイルについてお話しされたエピソードがあるそうですが、ぜひお話しいただけますか?

土居 嵐山さんが、画家の雪舟を例に出して、「雪舟は上手すぎて誰もその域に到達できないけれど、安西水丸は下手すぎて誰も真似することができない」と親しみを込めて言ったそうなんです。それで、事務所が青山にあったから「青山雪舟」と水丸さんを呼んでいたとか。

村上春樹さんとのコラボレーション

親しい友人たちと「あそび」の延長でたくさんの仕事をしてきた水丸さん。水丸さんの仕事を語るうえで欠かすことができない村上春樹さん、和田誠さんとの共作を展示するコーナーへと進みます。

草刈 村上さんとの仕事は多くの人の印象に残っていると思います。

土居 そうですね。僕は高校時代から村上さんのファンで、それで水丸さんの作品と出会いました。僕のような人も多いのではないでしょうか。

草刈 水丸さんが描く村上さんは、孤高の作家という一般のイメージとは違って、読者の側に引き寄せてくれるような親近感がわく存在です。おふたりの関係はどのようなものだったのでしょうか?

土居 仕事で知り合ったのではなく、村上さんが国分寺でやっていたジャズ喫茶・バーに、水丸さんが編集者に連れられて訪ねたのが出会いで、そこから自然と友人となり、一緒に仕事をしてみようという話になったそうです。それで、村上さんの著作『中国行きのスロウ・ボート』の装丁を手がけたのが始まりですね。まだ水丸さんは独立されたばかりでしたが、村上さんが熱心に担当編集者を説得したそうです。

草刈 村上さんとは違って、同じ絵描き同士の和田誠さんとのコラボレーションもあります。あるテーマに対して、一枚の紙の片側にひとりが絵を描いたら、もうひとりに渡して、もう片側に同じものを描く。日本を代表するイラストレーターが楽しんで競い合っていることが伝わってきます。

和田誠さんとの共作

次はいよいよ、PLAY! MUSEUMならではの大空間で披露する新たな展示「ぼくの水平線」。約80点のイラストレーションが横一列に並び、水丸さんが3歳から、中学卒業直前まで過ごした千葉県千倉の海の映像が大スクリーンに映されています。

草刈 水丸さんの作品はどこから生まれてきたのか。そのルーツに迫る展示です。水丸さんは千倉の海とともに育ったことが、後に絵を描くうえで大きな役割を果たしていたそうです。そして、「ぼくの水平線」というのは、イラストレーションにしばしば描いた、画面を横切る一本の線のことを指します。

土居 水丸さんは作品スタイルのひとつとして、静物画を描くとき、水平線のように画面を横切る一本の線を描いていました。線を引くことで、描いたオブジェが台の上に配置されているように見えたり、あるいは背景と手前が分けられたり、絵が安定するのだそうです。これを水丸さんは「ホリゾン(水平線)」と呼んでいました。手法というかある種の発明と言ってもいいかもしれません。

草刈 いつ頃から始めたのでしょうか?

土居 1976年、34歳のとき公募展で、現在は生産終了している「パントーン・オーバーレイ」というカラーシートを使った作品が特選を取ったそうです。この頃から「ホリゾン」と呼んでいたかは定かではないのですが、背景にもこのシートを使って直線を描き始め、画風が確立していったのだと思います。

草刈 皆さんお気づきでしょうか? 展示室の壁に沿って様々な大きさの「ホリゾン」が並んでいますが、すべて「ホリゾン」の位置を合わせて展示しています。千倉の海の映像も流していますが、そこに映る水平線も同じ位置に合わせています。ここにある「ホリゾン」作品は技法が違うものがいくつかありますが、どのようなものなのでしょうか。

土居 個展などで展示されたシルクスクリーンもありますし、原画もあります。昨年、水丸さんの事務所の棚を整理していたら「パントーン・オーバーレイ」を使った原画も見つかりました。ただ、原画は当時水丸さんがイメージして描いた色合いから経年劣化のためにどうしても変わってしまうので、デジタル化してインクジェットプリンターを用いたジクレー版画にすることで、当時の色合いを再現したものも多く展示しています。

草刈 それから、所々ケースに並べているオブジェのようなものはなんでしょうか?

土居 水丸さんがずっと収集していたお気に入りの雑貨です。スノードームを収集されていたことはよく知られていますが、玩具や民芸品など面白いと思うものを本当にたくさん集めていて、それらを作品に描いていたんです。よく見ると、絵の中に同じモチーフが何度も登場しています。

草刈 モチーフを描く角度やスケール感が、作品によってちょっとずつ違うのですよね。それらが、「ホリゾン」からちょっとだけはみ出ていたり、とても心地よい余白があったり。これが嵐山さんがいう誰も真似できない部分なのかなと思います。

最後の展示室では、広告関係の仕事を見ることができます。企業ポスター、雑誌の表紙や口絵、CDのジャケットなど、時代の空気をまとった作品の数々が展示され、BGMには懐かしいポップソングも聴こえてきます。

草刈 ここにある作品は1980〜90年代のものが中心です。日本が経済的に世界でいちばん豊かだった時代で、予算も潤沢だから企業はいろいろな形で自分たちの表現をしていましたね。そのなかで、水丸さんはいろいろな役割を担っていました。

草刈 さらに、ワークショップのコーナーもあります。スノードームの中に絵を描いたり、缶バッジを作ったり。会場には水丸さんの言葉も展示しているのですが、そこで絵は上手いか下手かではなく、描いている人の味が大切だというものがありました。水丸さんの絵を見る喜びと同時に、水丸さんが感じていた絵を描く喜びも味わっていただきたいですね。来場者の方もぜひ、遊びながら楽しんで描いてみてください。

併設ショップにある水丸さんのポップな色彩をあしらったオリジナルグッズも好評です。さらに併設のPLAY! CAFEは展示期間中限定で、昭和の風情を感じられる「喫茶プレイ」というコンセプトで営業中。水丸さんのイラストレーションの世界観をまるごと楽しむことができる展覧会です。