生誕100周年!見て、発見して「安野ワールド」を体感する展覧会

「生誕100周年記念 安野光雅展」内覧会レポート
PLAY! 内覧会の様子/左から、林綾野さん、大矢鞆音さん、草刈大介

2026年3月4日(水)に「生誕100周年記念 安野光雅展」が開幕しました。前日に行われた内覧会のギャラリートークの様子をお届けします。

本展は、絵本作家、画家、著述家として活躍した安野光雅さん(1926〜2020)の貴重な絵本原画約130点を展示し、代表作『ふしぎなえ』『旅の絵本』をはじめ、不思議と発見に満ちた安野作品の世界観をたっぷりと楽しめる展覧会です。

内覧会には本展キュレーター林綾野さんとPLAY! プロデューサー草刈大介が登壇。さらに、安野さんの故郷・島根県の津和野町立安野光雅美術館館長である大矢鞆音さんを特別ゲストとしてお招きしました。

取材・執筆:宮崎香菜
会場撮影:太田太朗

“絵描き”安野光雅の絵と向き合う

草刈 PLAY! MUSEUMの開館6年目の最初の展覧会として、本展を開催する運びとなりました。絵本をはじめ、さまざまな分野のパイオニアでいらっしゃった安野光雅さんの作品をご紹介するとともに、新たな部分にも光を当てたいと考え、今回展覧会を作りました。

まずは、色、形、構図のすべてが緻密に描き込まれている素晴らしい絵をぜひじっくりと見ていただきたいです。現代は、情報が溢れるなかで目の前のものをしっかりと見るということが難しくなっているのではないでしょうか。この状況を言い表すのに「時間の奪い合い」という言葉がありますが、そんななかで絵本はちゃんと読まれているのだろうかと危惧することがあります。展覧会にいろいろな仕掛けを用意して作品の世界観を伝えていくことは、PLAY! MUSEUMらしさではあるのですが、今回はあえて工夫しすぎないように心がけました。会場に足を運んでくださる皆さんが安野さんの絵と向き合い、作品に込められた不思議、空想、ユーモアに出会っていただければと思っています。

次に、一枚の絵としての完成度の高さについても改めて注目していただきたいです。会場に「絵画館」というコーナーを作り、絵本として連続で描かれた絵から一点だけ取り出すという見せ方にチャレンジしました。新たな視点で安野さんの絵を見ることで、これまでとは違った発見をしていただけるかもしれません。

大矢 絵描きは絵が上手いと言われると嫌がることもあるのですが、やはり技術は必要なのです。そのうえで、安野さんは発想力、表現力、集中力、持続力を駆使して描いてきました。生誕100周年を記念したこの展覧会で、私も皆さんに改めて安野先生の絵をじっくりとご覧いただきたいですね。安野先生ほど絵を描くことが好きな人はほかにいないのではないか。編集者として安野先生と長年仕事をしてきましたが、いつも会うたびに感じていました。

 安野さんは、ご自身のことを「画家」ではなくて「絵描き」とよくおっしゃっていましたね。「なんでも描くのが、絵描きなんだ」と。本当に絵が好きで、そして、絵は言葉に値するくらい伝える力がある、絵には世の中を変えることができるとの思いを持って、描いてこられたと思います。安野さんから影響を受けた次世代、さらに次の世代のクリエイターの方々に、安野さんについてご自身の言葉で語っていただいた「先生へ」と題した映像も上映していますのでぜひ見ていただきたいです。安野さんから受け取ったものが、時間を超えて紡がれているのがよくわかります。

会場の入口で上映している「先生へ」は、辻川幸一郎さん(映像作家)、片桐仁さん(彫刻家、俳優、コメディアン)、ナカムラクニオさん(美術家)、tupera tupera(アートユニット)、きくちちきさん(絵本作家)、安野モヨコさん(漫画家)のインタビュー映像です。安野さんの作品との出会い、影響、さらに安野さんとの貴重なエピソードなどを語っていただきました。

会場入口で上映している「先生へ」

これ面白いでしょ? 安野さんが話しかけてくるような絵

最初のコーナーは、絵本デビュー作『ふしぎなえ』(1968年)に始まり、『さかさま』(1969年)、『ふしぎな さーかす』(1971年、3点とも福音館書店)まで、初期三部作で代表作でもある絵本の原画が展示されています。これまで各所で安野さんの展覧会を手掛けてきた林さんに解説をしていただきました。

 私はもともと個人的に安野先生のことが好きで、お仕事を通じてお会いできるときはとても嬉しく、同時に毎回緊張していたのを思い出します。『ふしぎなえ』の原画は作品保護の関係で展示される機会が少ないのですが、今回は特別にお貸し出しいただきました。

『ふしぎなえ』は、壁が階段になったり、天井が床になったり、錯視効果を使って現実ではあり得ない不思議な世界を描いており、じっくり見ていくとたくさんの発見があります。「見る」ということを提示した、日本初の文字のない絵本です。『さかさま』は、トランプに描かれたジョーカーが、どちらが上か下かを争っています。安野さんは幼いとき、よく鏡を覗き込んで、映り込んだ風景を何時間も見て遊んでいたそうです。これらの作品は子どもの頃の空想世界を集結させたものなのです。「これ面白いでしょ?」と、見る側に話しかけてきてくれるようなところがあり、絵を通じて何かを伝えようとしている気持ちを感じ取ることができますね。

『ふしぎなえ』1968年 (福音館書店) 原画
『さかさま』1969年 (福音館書店) 原画

『ふしぎな さーかす』については、安野さんが喫茶店でお茶を飲んでいるときに、ふと手元にあるものが組み合わさって、綱渡りだとかサーカスが始まるような気がしたことがきっかけに生まれました。ご本人からそのことを聞いて、大人になってからもさまざまな場面で豊かに空想されているということにまず驚いたのを覚えています。

『ふしぎな さーかす』1971年 (福音館書店) 原画

世界とは、生きるとはなんなのか。作品に込められたリアリティ

展示室を進むと、とても大きなお皿、カトラリー、調味料入れなどのオブジェが出現します。お皿にあいた穴からは、顔を出して写真を撮ることができ、フォトスポットにもなっています。ここは、『おおきな ものの すきな おうさま』(講談社、1976年)のコーナー。大きなものが好きな王様がほしがる、お皿、ベッドなどが次々に登場するユーモア溢れる物語です。

草刈 王様が大きなカトラリーを使って普通のりんごを食べるというシーンを再現しました。先ほどもお話ししたように、工夫しすぎないように、でも記念すべき生誕100周年展として特別なものにしたいので、どうはみ出るか。この物語を通して、どう楽しんでいただくか。そのあたりをすごく考えましたね。作品については、林さんに聞いてみましょう。

『おおきな ものの すきな おうさま』の王様になった気分に

 王様はわがままですが、どこかかわいらしいんですよね。安野さんの作品にしては珍しく、ストーリーにも重きを置いています。ぜひストーリーと絵の両方を楽しんでいただきたいですね。絵本のハイライトは、大きな花が見たい王様が大きな植木鉢で花を育てることにしたけれど、春になって咲いたのは普通のチューリップだったという場面です。どんなに人間が望んでも、手に入らないもの、作り出せないものがある。安野さんの作品は、世界とは、生きるとはなんなのかというリアリティを感じさせてくれるのです。それが、安野さんの絵や絵本に通じるメッセージだと思っています。

さらに奥の小部屋からは、「もし天が動くのではなくて、地球のほうが動くのだったら……」と、ゆっくりとした低い声で絵本を朗読する声が聞こえてきます。これは、絵本『天動説の絵本―てんがうごいていたころのはなし―』(1979年、福音館書店)を映像化した作品です。

 「天動説」から「地動説」が受け入れられるようになった時代、そこには人びとの並々ならぬ努力と犠牲があったのだという背景を伝える絵本です。これを大きなスライドショーで表現しました。詩人のウチダゴウさんが朗読してくださっています。

草刈 PLAY! MUSEUMでは絵本の原画を展示することが多いですが、やはり作家さんにとって作品というのは、まず絵本のことなんですね。安野さんも原画は材料だとおっしゃっていました。原画を見てもらうのも勿論良いことだけど、それだけが絵本の展覧会にとってすべてではないんだということを学びましたね。『天動説の絵本』については、地平がページをめくるごとに球体になっていくというところがとても面白いので、展覧会ではそれを映像で見て、耳で聞いて、絵をじっと見てもらえるような工夫をしています。

『天動説の絵本』1979年 (福音館書店) を朗読で感じる

窓から覗く視点で体感する旅の絵本

次は、人気が高い『旅の絵本』シリーズ(1977年〜、福音館書店)から、「イギリス編」の原画全点を鑑賞しながら、PLAY! MUSEUMの会場の中でいちばん大きな楕円の展示室へと進みます。高さ3m×長さ50mの壁面にはシリーズから8つの場面が大きく引き伸ばされ、緻密に描かれた細部をじっくりと楽しむことができます。この空間を手がけた設計事務所imaの小林恭さん、小林マナさんにお話をうかがいました。

小林恭 引き伸ばされた絵の前には、飛行機の窓のような形にくり抜いた壁を作って、窓から拡大絵を覗き込んで見ることができるようになっています。飛行機の着陸寸前に窓から見える風景が面白いと思ったことが、『旅の絵本』のシリーズを描くきっかけになったと聞いて、このようにしました。窓を作ることで、安野さんのそのときの気持ちが伝えられるのではと考えました。絵本に描かれた建物から見た風景のようにも見えるのではないでしょうか。

小林マナ 覗きたいという衝動って皆さんにあると思うんですよね。自分が動くことで外の絵も動いて見えたり、自分が見ているところに人が通り過ぎるとまた違った見方になったりして。こんな仕掛けを安野さんにくすりと笑ってもらえたら嬉しいなと思って空間を作りました。

 『旅の絵本』シリーズは全部で10冊にも及ぶ大作です。安野さんが初めて海外旅行をして、コペンハーゲンの空港に着陸するときに見た風景が忘れられなかったそうです。別世界には、いろんな場所があって、いろんな人たちがいろんなことをしている。でも同じ人間として、同じ喜怒哀楽を持って暮らしているのだということを実感し、そこにある物語が詰まったものを描こうと決めたのです。

草刈 足元の画面にもある映像もご覧ください。2022年に島根県立美術館がリニューアルした際に、アニメーション作家の加藤久仁生さんが制作した作品です。『旅の絵本』を単にアニメーション化することが目的にならないように、安野さんの絵をじっくり見てもらうためのアニメーションを作ろうと考えました。そこで、加藤さんは絵本のたった1ページのごく一部分に注目します。たくさんの登場人物から、たとえば大縄をする子どもたち、ヨットに乗った旅人、ボールをくわえている犬などのワンシーンを切り取って、その前後の時間を想像してアニメーションにしたのです。これを見てから、もう一度絵に目を向けると、彼らは絵に描かれた市井の人々のほんの一部なんだということが、よくわかります。

「見つける 旅の絵本 安野光雅」アニメーション 加藤久仁生

 この空間では、画集『野の花と小人たち』(1976年、岩崎書店)の拡大展示もしています。先ほどの『おおきな ものの すきな おうさま』とは逆に、この画集では人間が小さくなったらどう見えるかが描かれています。野に咲く草花を、小さくなった母子の姿から見つめる。ありふれた雑草と言われるものであっても地面から見上げれば、ずっと昔からその場に根を張って生きている壮大な存在なのだというのがわかります。原画の展示もありますので合わせてご覧ください。

大矢 描かれている彼岸花を見ると、先生と話したことを思い出しますね。私も子どもの頃、疎開先で終戦を迎えたとき彼岸花が咲く風景が忘れられなかった。あるとき先生が彼岸花は何気ないけど、とてもきれいだと思っていると話してくれて、同じことを感じている先輩がいたのだなと嬉しくなったものです。

一場面を取り出し、絵の奥深さを味わう

展覧会はいよいよ終盤へ。生誕100周年展でのチャレンジとも呼べる「絵画館」というコーナーです。

草刈 「絵画館」は、絵本や装画などからセレクトした絵を文脈から離して、「風景画」「歴史画」という括りで一枚の絵として見てみようという提案です。

 安野さんご自身も、絵本のどの場面も、壁に掛けられる一枚の絵のようなつもりで描いているという言葉を残しています。一枚絵としても十分成立する密度のある絵を描かれてきたということを、より意識的に見ていただけたら、安野さんの絵の奥深さを楽しんでいただけるのではないでしょうか。

安野さんには本当にたくさんの著作がありますので、人それぞれ思い入れのある作品があり、展覧会で初めて出会う作品もあるかもしれません。童心に戻って心を開き、絵の世界を楽しみ、この機会に安野さんの絵の素晴らしさをこの場で皆さんと共有できたら、これほど嬉しいことはありません。

ここではご紹介できなかった、『ABCの本 へそまがりのアルファベット』(1974年、福音館書店)、『魔法使いのABC』『魔法使いのあいうえお』(共に1980年、童話屋)といった不思議を楽しむ絵本の世界を立体化した展示や、200冊以上に及ぶ著作の中から約70冊を閲覧できるコーナーなど、見どころはまだまだあります。PLAY! MUSEUMならではの展示空間で、安野さんの創作世界をぜひ体感してください。