
2025年7月16日(水)に「大どろぼうの家」が開幕しました。前日に行われた内覧会のギャラリートークの様子をお届けします。
最後の盗みに出た、かの有名な「大どろぼう」の邸宅を舞台に、新しいエンターテインメント体験を楽しめる本展。内覧会には、広報グラフィックや会場のアートディレクションを手がけた名久井直子さん(アートディレクター)、会場をデザインした張替那麻さん(建築家)をはじめ、邸宅の各部屋を担当した伊野孝行さん(イラストレーター)、幅允孝さん(ブックディレクター)、ヨシタケシンスケさん(絵本作家)、新井風愉さん(映像作家)、谷川賢作さん(音楽家)ら参加クリエイターが登壇しました。司会は、「大どろぼうの家」管理人の草刈大介(PLAY! プロデューサー)です。
取材・執筆:宮崎香菜
会場撮影:髙橋マナミ
なぜ、どろぼうに憧れてしまうのか?
草刈 突然ですが、皆さんは誰かの家にこっそり入ったことはありますか? そんな経験、なかなかないですよね。この展覧会は来場者の皆さんが主役になって、留守中の「大どろぼう」の家に忍び込むというストーリーを体験していただくというものです。
なぜ、大どろぼうの展覧会なのでしょうか。これまで児童文学や絵本ではたくさんのどろぼうが描かれてきました。どろぼうは、罪人で悪者です。でも、不思議と人気があってなぜか憧れの存在になっている。物語の中のどろぼうは、体力も知力もある万能な人間で、盗むという行為を誰かのために行う利他的な性質ももっていることが多いからでしょうか。この展覧会では会場となる大どろぼうの家を8つの部屋に分け、クリエイターの方々といろいろ空想しながら8つのストーリーを生み出しました。
本日登壇していただいている皆さんをはじめ大勢の方々のご協力があるのですが、まず会場のアートディレクションを手がけた名久井直子さんにお話を聞いてみたいと思います。最初にこの展覧会について聞いたとき、どういう印象をもたれたましたか?
名久井 大どろぼうの姿は最後まで見えないというので、展覧会がどんなものなのかまったく想像がつきませんでしたね。ただ、「大どろぼうの家」というタイトルなので、もしかしたら「家」が主役なのかなと考え、嶽まいこさんにイラストを描いていただき、部屋の雰囲気がわかり、どろぼうの影だけ少し感じられるビジュアルを作りました。



草刈 今日、会場をご覧になっていかがでしたか?
名久井 大どろぼうが盗んだものの中には不思議なものもあるので、一体どこに惹かれたのか考えるのが楽しそうですね。もしかしたら皆さんも盗みたくなるものがあるかもしれません。
草刈 大事なお願いですが、来場者の方にはどろぼうにならないでいただきたいです(笑)。
会場の展示物にはキャプションはありません。所々にQRコードを用意していますので、読み込んでいただくと、「大どろぼうの備忘録」として背景やヒントとなるようなものをまとめたサイトを見ることができます。また、今回の展覧会に合わせて、展覧会の手がかりになるどろぼうにまつわる4冊の関連書籍を刊行しており、そちらもすべて名久井さんにデザインしていただきました。

まず、薄暗い会場に入ると、緑色の光に照らし出された空間が現れます。壁には児童文学「大どろぼうホッツェンプロッツ」シリーズや絵本『すてきな三にんぐみ』などおなじみのキャラクターにはじまり、石川五右衛門、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナ・リザ」を盗んだ男として知られるイタリアのビンセンツォ・ペルージャなど、古今東西の有名などろぼうの肖像画15点が並んでいます。
草刈 「緑の回廊」と名付けたこの空間にある肖像画は伊野孝行さんが担当しました。大どろぼうからの依頼だったそうですね。
伊野 尊敬するどろぼうたちの肖像画を、それぞれ違う画家が描いたようなものにしてほしいということでした。いろいろな肖像画を参考にしたので、僕自身が「タッチどろぼう」になったとも言えます。
草刈 伊野さんに頼んだ大どろぼうというのは、実はまだ子どもという設定なんですよね。だから低いところに飾ってあったり、金貨みたいなものも並んでいるけれどよく見たら金貨のチョコレートだったり。ここから先、それぞれどんな大どろぼうの部屋なのか、皆さんに想像していただきたいですね。



関連書籍のひとつ『どろぼうたち 大どろぼう 編』にも伊野さんが描いた肖像画が収められています。大どろぼうたちの肖像画と、創作や史実からどろぼうという存在を考察する文章から「人はなぜ、どろぼうに惹かれるのか?」という問いに迫ります。また、大どろぼう自身が語る関連書籍『大どろぼうの家 大どろぼう 文・絵』もあります。
書籍、変装道具、ウィスキー。大どろぼうの正体は?
さて、回廊を抜けると青い光に照らされた応接間にたどり着きます。真ん中にはロッキングチェアが置かれ、さまざまなジャンルの本が並ぶ本棚とともに変装道具などいかにもどろぼうらしい小物が並びます。
草刈 応接間をディレクションしてくださったのは幅允孝さんです。この部屋の主人はどんな人でしょう。
幅 本棚を見ればその人がわかるとよく言われるように、本やそこに置いてある小物から大どろぼうのキャラクターをお伝えできるように選びました。結構、生真面目で本をよく読む。ウィスキーを好み、ビスポークのスーツもかかっていてきちんとした格好をする人ですね。


幅 「奴はとんでもないものを盗んで行きましたね。あなたの心です」という名言が有名な宮崎駿監督が手がけた映画『ルパン三世 カリオストロの城』に関する本があるのは、大どろぼうの心持ちの表れなのかなとか、江戸川乱歩の小説からアイデアを探したのかなとかいろいろ想像してみてください。格闘技や毒、暗号の解読などの本もあります。世界の名画がある美術館を紹介する本にはところどころ付箋もついています。そして、正義や悪についての本も。世の中の不公平、不均衡など社会の課題についても考えているようです。刑法や拷問に関する本もあって、実は捕まったときのことを考えてビクビクしているのかもしれません。大どろぼう自身が抱える混乱や苦悩を感じていただけますでしょうか。
草刈 本棚の裏には隠し扉もあるそうですね。
幅 会場デザインを担当された張替那麻さんが素晴らしいギミックを作ってくださいました。応接間にある本棚なので人に見られてもいい本が並んでいるのですが、裏には実は五味太郎著『とりあえずごめんなさい』、フョードル・ドストエフスキー著『罪と罰』、イアン・マキューアン著『贖罪』といった本が隠されているのです。
草刈 そして実はこの大どろぼうは引退をほのめかしているそうですね。
幅 はい。近藤一博さんの『疲労とはなにか』という本も読んでいるようです。腰痛サポーターやバンテリンも置いてあります(笑)。
応接間の先には赤い光が漏れる部屋があります。中に入ってみると、古い映画ポスターに絵本、グッズなどが所狭しと並んでいます。
草刈 ここにあるのは、子ども、親、さらにその親と3世代にまたがる家族が集めたどろぼうに関する収集品です。隠し部屋を覗いたあとは、白い空間に進んでいただくと、これまでPLAY! MUSEUMで展覧会を開催した作家の作品や大切なものが展示されているのをみることができます。絵本作家の酒井駒子さんの『よるくま』の原画だったり、『ぐりとぐら』の版元である福音館書店の本社の外壁に飾ってある時計だったり。なんとこの部屋の大どろぼうは、PLAY! の関係者だったという設定なんです。





谷川俊太郎さんから盗んだ詩で庭を飾る
続いて、会場の中心にある開けた空間に現れるのは「銀の庭」。大どろぼうが、谷川俊太郎さんの宇宙や星をめぐる15の詩を盗み出し、庭を飾りました。石庭のような侘び寂びを感じられる庭を見ながら、谷川俊太郎さんと息子の賢作さんによる詩の朗読と、賢作さんが奏でる楽器・カリンバとともに味わうインスタレーションです。
谷川賢作 大どろぼうは谷川俊太郎のファンということで詩を盗んだようですが、今日はきっと盗みそびれたはずのものを持ってきました。晩年、俊太郎が寝る前につまびいていたカリンバという楽器です。私なんかが弾いてみると「うますぎる」なんて、言われていましたね。私はミュージシャンなので、楽器で語りたい。でも、俊太郎は「じゃなくて、侘び寂びがいいんだよ」というんです。(※賢作さんがカリンバをそっと爪で弾く)
草刈 『二十億光年の孤独』という詩集の貴重な手書き原稿も展示させていただきました。大どろぼうは宇宙や星を盗みたいと思っていたのですが、うまくいかなかった。そんなとき憧れていた谷川さんの訃報を聞き、ならばと詩を盗んだのですね。どろぼうは詩を盗むとき、ご自宅にも忍び込みました。そんな設定で、今回『谷川俊太郎詩集 星たち 大どろぼう選』という書籍も作りました。大どろぼうが盗んだ谷川さんの15の詩と書斎の写真で構成しています。
この空間については会場デザインを担当した張替さんにも聞いてみたいと思います。
張替 この庭は京都の龍安寺の石庭をイメージしていて、15の石と15の詩が重なり合うようにデザインしています。石の間には、修学院離宮の一二三石を参考にして、1個、2個、3個単位でビー玉を散りばめています。先程の応接間の本棚は、霞棚や桂棚を参考にしており、会場のところどころに日本建築の様式を取り入れています。


草刈 どろぼうの家というと洋館を想像しがちですが、今回はこのような会場になりました。ちょっと変わった素材を使っているんですよね。
張替 これはプラスチックハニカムパネルという素材で、建具や扉の芯材として使われるものです。軽量かつ光をやわらかく透過するので、展示用の造作物そのものを照らしながら、光の色によってそれぞれの部屋の雰囲気がつくれればと思いました。会場全体は、和の設えでありながら、素材感や光の使い方によって、様式や全貌がつかめないような空間をイメージしました。
大どろぼうという存在のとらえかた
庭で静かな時を過ごし、さらに進むと、展覧会のために描き下ろしたヨシタケシンスケさんの絵本『まだ大どろぼうになっていないあなたへ』の原画が展示されています。
草刈 どろぼうをテーマにした展覧会を開きたいと思ったとき、実はヨシタケさんに最初にご相談しました。「大どろぼうがヨシタケさんを盗んで後継者を育てるために絵本を作らせる」という企画を考えているのですが、ご協力いただけないでしょうかと、いま思うと乱暴なご相談をしてしまいましたね。
ヨシタケ 設定を整理していくのに時間がかかりましたね。皆がどろぼうの物語を大好きだからと言って、諸手を挙げてヒーロー扱いするわけにはいかない。だから、私が大どろぼうにはいろいろな面があり、肯定的にとらえることもできるという部分を担当すれば、ほかのコーナでは多少ふざけることができるかなと。とらえかた次第では、皆で大どろぼうをめざすことができるよねという絵本を描きました。



草刈 ヨシタケさんの考えは展覧会の骨格そのものになりました。「僕のところがちゃんとしていれば、ほかは自由にできる」と提案していただいたことがきっかけで、会場にいろんな大どろぼうの部屋を作るという道筋が見えたんですよね。絵本『まだ大どろぼうになっていないあなたへ』のラフを見せていただいたのは2年くらい前で、それが展覧会を作る原動力になりました。
ヨシタケ 展覧会では原画を展示していますが、必ずしも絵本の順番の通りに描くわけではないので、ぜひ絵本を手に取っていただきたいですね。
大どろぼうの家の最後に待ち受けているのは、「光の蔵」。展示台にずらりと並ぶのは大どろぼうの偏愛品やガラクタです。懐かしいお菓子に、MDウォークマンに観光ペナントなど、大どろぼうの正体がわるようで全然わからない不思議なグッズがたくさんあります。
草刈 この部屋は子どもと大人の入口は別です。いろんなものが展示されていますが、実は大どろぼうになるための子どものトレーニングジムでもあります。それでは、ジムを考案した新井風愉さんに登場していただきましょう。
展示台下の子ども用通路をくぐり抜けながら新井さんが登場しました。歩くたびに楽しい音がします。

新井 いかに音を立てないで歩くかというトレーニングをする通路です。でも、本当はどんどん音を立ててもらいたいので、絶対、音が出てしまうような仕掛けをしています。
草刈 それからさらに奥に新井さんが作ってみたいと言ってくださった小さな部屋もあるんですよね。
新井 大事な宝があり、厳重なセキュリティが入っている部屋です。光の線が張り巡らされていて、引っかからずにたどりつけると電話があり、受話器を取ると大どろぼうからのメッセージが聞こえます。大どろぼうの秘密が少しわかるかもしれません。でも、途中で光の線にひっかかると、警報音が鳴り、ライトが当たってしまいます。そんなときはシャッターチャンスなので、親御さんはお子さんの写真を撮ってあげてください。

草刈 それから、このコーナーの収集品でぜひ見ていただきたいのが、立川市役所、伊勢丹など、立川市を中心とした公共施設、商業施設、交通、飲食店などからご協力をいただいた各々の「お宝」。大どろぼうが盗んできたという設定で展示しています。ほかにも、ある芸人さんから盗んできた「お宝」まで。盛りだくさんの展覧会なので、隅々まで細かく見て楽しんでいただきたいですね。


立川市内外計43箇所からご協力いただいたタイアップ企画も含めて見どころたっぷり。大人も子どもも盛り上がること間違いなしの夏の特別展にぜひお越しください。