PLAY! インタビュー 青木貴之さん「ぐりとぐら しあわせの本」展 デザイナーが語る「ぐりとぐら」のこと

大人になっても待っていてくれる、しあわせの絵本

PLAY! MUSEUMでは来年の春まで「ぐりとぐら しあわせの本」展が開かれています。会場の構成を考えた青木貴之さんは、この4月の展覧会オープニングにあたり「子どものことを考えて自分たち大人は何ができるだろう、と考えながら会場をつくりました」とあいさつしました。

青木さんは10年働いたスタジオジブリから独立し、フリーのプロデューサー・デザイナーとして活躍しています。展覧会場で青木さんにインタビューし、一緒に考えてみました。

取材・執筆:らび

青木貴之さん(撮影:植本一子)

「ぐりとぐら しあわせの本」展は、中川李枝子さんと山脇百合子さん姉妹による野ねずみ「ぐりとぐら」の絵本の展覧会です。
絵本の展覧会といえば、原画やラフスケッチの展示が一般的ですが、この会場には原画もスケッチもありません。1枚も。

「原画が全くなくて、展覧会として大丈夫だろうか。1枚か2枚はあったほうがいいのではないかという議論も実はありました。
でも、作者の中川さんから『子どものために、楽しい展覧会をつくってください』とお話があって、自分も同じく考えていたので、原画を見せる展覧会ではなく、子どもがシンプルに楽しめる会場構成にしよう、と改めて筆を進めることができました。」と青木さんは振り返ります。

子どもの背中をそっと後押ししたい

「ぐりとぐら しあわせの本」展 展示のようす(撮影:髙橋マナミ)

この展覧会は「ぐりとぐら」の絵本の世界を、展覧会場の中と外で体験してもらえるように工夫されています。会場には滑り台や大きなカステラを模した展示物が置かれており、まるで絵本の世界に足を踏み入れたかのようです。

青木さんはこう言いました。
「子どもが何か考えるヒントになりそうなことを、会場にちりばめました。木の株があったり、子どもの目線では奥が見えないけれども大人は見渡せたりできるような壁の高さにデザインしたり。でも『ここではこうしよう』と押し付けたくないのです。極端なことを言えば、ここで走りまわってもらうだけでいい。ここで感じたことが、子どもたちのこれからの暮らしのなかのどこかで思い出してくれたら嬉しいなと思います。」

青木さんと話をしていると、大人が大人であるからという理由で、子どもに「こうしよう」「ああしよう」とつい言ってしまったりすることを省みていることがわかります。

「大人は子どものしあわせをそっと後押しすることぐらいしかできない」という言葉からも、青木さんの思いは伝わってきました。

「ぐりとぐら しあわせの本」展 展示のようす(撮影:髙橋マナミ)

しあわせの記憶は生きる力

では、子どもにとってのしあわせとは何なのでしょう?

青木さんは「これは僕の個人的な感想です」と念押ししながら、サツキとメイを例に挙げて話してくれました。詳しく説明するまでもありませんね。スタジオジブリ制作のアニメーション「となりのトトロ」(1988年)の主人公姉妹です。

「サツキとメイはしあわせだと思います。自分の力で、子どものころにしかできない体験をしていますから。ふたりが見たトトロやネコバスは大人には見えません。」

覚えていますか。サツキとメイがトトロやネコバスに出あう場面を。ひとりぼっちになって自分と向き合った時、勇気を出して子どもなりの探検をした時ですよね。

青木さんはこう話します。

「子どもたちが探求心を持って行動を起こすと、その先にトトロやネコバスが待っていてくれる。それが子どもにとってのしあわせなのではないかな、と。」

さらに青木さんは続けます。

「サツキとメイはトトロやネコバスに会って初めはびっくりする。でも、すぐに笑う。こんな変な生き物にあえて楽しい。しあわせだ、って。子どものころに、そんな体験がひとつでもあれば、大人になってもしあわせに生きていける。そんなメッセージが『となりのトトロ』には込められていると僕は思っています。そんな子どものころのしあわせな記憶があれば、大人になってつらい思いや経験をしても乗り越えていける力を与えてくれるのだと思います。」

「僕がPLAY! MUSEUMで考えた展示も同じです。ここで走ったり、さわったりして、何か見つけて楽しかったな、という記憶をひとつでも持って帰ってくれたら嬉しいです。欲を言えば、展示室から外に飛び出して周りの広場や公園でも遊んでくれて、同じような体験を自然の中で見つけて、それを大切にして、いつか思い出してくれたら、なおうれしいかな。それは、そっと後押しの範囲を超えている気もしますが。」

「ぐりとぐら しあわせの本」展 展示のようす(撮影:髙橋マナミ)

垣根がないのに垣根がある

そこで、そもそもですが、大人と子どもとのかかわりについて青木さんはどう考えているのでしょう?

「大人と子どもは生き物としては同じです。いや、垣根がないといったほうが正確でしょうか。生き物としてみたら分け隔てはありません。でも、体の大きさは違いますよね。人は社会の中で暮らしているので、大人と子どもでは社会的な経験の差があります。
たとえば、道路の渡り方をはじめは子どもは知らないわけですから、それは大人が教えてあげないといけません。ところが、先ほど少しお話ししたように、自分がきちんと説明ができない理由で、大人だから正しい、と子どもに何か伝えてしまうことがあります。それは僕自身もそうなのですが。」

なるほど、垣根がないはずなのに垣根ができる時があるわけですね。しかも、子どもに指図したり教えたりしなくてはならない場面にもしばしば出くわします。そこが、大人と子どもの関係を考える時には大切だし、複雑にもつれあってくるところでもあります。そんなことをいろいろ考えるということが、らびは大人になるにつれ、だんだん面倒になっていました。

「それは、多元的なものの見方ができればいいんだと思います。敵か味方か、得か損か、プラスになるかマイナスなのか、という自分の中での二元論になりがちです。数字の世界はある意味で理想な世界なので現実とは違いますが、数にもプラスやマイナスのほかにゼロがある。虚数だってあります。それぞれの見方がある。」

「なので、それぞれの見方をきちんと話し合えばいいんだと思います。自分が見えている範囲なんて知れていますから、話し合わなければどんな問題だって分かりようがないと思います。
これは大人同士、ということではなく、子どもとも正直に話し合うしかないですよ。そうやって子どももちょっとずつお兄さんお姉さんになっていくんだと思っています。」

聞けば、青木さんは30代半ば。ふたまわりほど、らびより若いパパです。らびもそのころは子育て中だったけれども、そんな考えには至りませんでした。「そんな思いを深めるきっかけは何でしたか」と尋ねると、しばらく考え込んでこう言いました。

「ジブリに入ったことでしょうか」

よく見ることの大切さ

スタジオジブリではプロデューサーの鈴木敏夫さんや宮崎駿監督など、アニメーション制作をする方々とも仕事を重ね、社外の人では解剖学者の養老孟司さんとの出会いが大きかったと振り返ります。それから、アニメーターや背景の仕事を近くで見て、いろいろ考えるようになったとも話しています。

「アニメーションを作っている人たちはわずか1秒の動画に6~8枚の絵を描いています。ものごとをスローモーションで見ているようなものです。すごい『眼』を持っているわけです。実写映画に携わる方々も同様です。映像で見せるすべてのこと、たとえば建築や、植物、生活道具、衣装など、自然のことを知ったうえで表現して作品を作っています。
そのためには、ものをよく見て観察しなければなりません。」

青木さんの話を聞いていると、よく見ることはよく考えることにつながっているのがわかります。青木さんはこうも言いました。

「よく考えるというよりも、疑問につながるのだと僕は思う。植栽をデザインや絵で再現するときに『枝ぶりはどうだったかな?』『根っこの部分はどんな形なのか?』と疑問がわきます。それを解消するにはその植栽をよく見なければなりません。そして、いざ作り始めるとまた新たな疑問がわいてくるので、また観察する。この繰り返しですね。」

そういえば、よく見るということをあまりしなくなりました。

「それは、ものをつくる場面が少なくなった、遠くなったからだと思います。お米をつくっている人、野菜をつくっている人は毎日、空や土や植物をよく見ています。でないとなにもできないでしょう。
産業の構造が変わって、直線的にものをつくる仕事に就く人は減っています。見たり、観察したりするバックボーンがどんどん削られ、消えていきつつあります。これはちょっと大きな話題になってしまいますが。」

さらに、青木さんは付け加えました。

「もちろん、ものをつくっている人やデザインしている人は沢山います。でも、その人たちが『きちんと観察しています』なんて言ったりしませんよね。」

ああ、だから聞こえてこないのですね。

「ぐりとぐら しあわせの本」展 展示のようす(撮影:髙橋マナミ)

しあわせの本

最後に、青木さんに「ぐりとぐら」の絵本についてどう考えているのかを聞きました。
しばらく考え「しあわせの本じゃないですか」と答え、こう続けました。

「先ほどお話したトトロやネコバスのように、大人になったときにも、しあわせな記憶を呼び起こしてくれる。そんな絵本でしょうか。

この展覧会のタイトルになっている『しあわせの本』というのが、僕にはしっくりきます。そもそもですが、自分が『ぐりとぐら』がどんな絵本なのかを言葉するなんていうのは、ほんとうに野暮なことだと思います。」

青木貴之さん(撮影:植本一子)

青木 貴之 (あおきたかゆき)

1984年生まれ。プロデューサー・デザイナー。
2010年、スタジオジブリ入社。在社中の主な仕事として、「ジブリの大博覧会」「ジブリの立体建造物展」「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る平和平成の技」「借りぐらしのアリエッティ×種田陽平展」「スタジオジブリのあの服」など。
2020年同社退社、貴デザイン設立。現在は展覧会企画制作、内装デザイン、TV番組企画を主にする。

らび
自ら「らび」と名乗っている初老のおじさんです。うさぎが好きで「ぼくは、うさぎの仲間」と勘違いしているからです。ディック・ブルーナさんを尊敬しています。著書に『ディック・ブルーナ  ミッフィーと歩いた60年』 (文春文庫) 。