PLAY! インタビュー 「しあわせの編集者」②月刊絵本雑誌「MOE」編集部・森下訓子さん

こころに響く静かな絵。こんな世界を描ける酒井駒子さんを雑誌で紹介したい。

こんにちは、らびです。

「みみをすますように 酒井駒子」展に合わせ、酒井駒子さんの絵本を担当した編集者を訪ね歩いてインタビューする「しあわせの編集者」の第2回です。
今回訪ねたのは、40年以上の歴史を誇る月刊絵本雑誌「MOE」編集部の森下訓子さんです。MOEで発表された「よるくま」など初期の名作誕生の舞台裏を聞きました。

取材・執筆:らび

月刊絵本雑誌「MOE」編集部 森下訓子さん

酒井さんとはMOEを通じて知り合いになったのですか?

「はい。あれは1998年の夏から秋ごろ。共通の友人の紹介で酒井さんがMOE編集部を訪ねてきました」

酒井さんは「あとさき塾」出身の新人絵本作家として『リコちゃんのおうち』(偕成社、1998年)でデビューしたところでした。「あとさき塾」というのは、初回のインタビューに登場したフリーの絵本編集者の土井章史さんがかかわる新人絵本作家の養成講座のことです。

MOE掲載はほぼ即決

デビュー作に続く企画として、酒井さんは新作もつくっていました。ところが企画そのものがお流れになってしまい、酒井さんはその絵本ラフを森下さんに見せにきたのです。こぐまと男の子のお話。そうです。「よるくま」の下がきでした。

ラフはもちろんですが、森下さんの心には酒井さんが一緒に持ってきた、自作の絵のポートフォリオ(作品集)も響いてきました。すでにイラストの仕事もしていた酒井さんは、当時仕事で描いていた絵や、仕事とは別に描いていた絵も持って編集部を訪ねたのです。

「女の子の心象風景を描いたような何枚かの絵が心に残りました。鳥の巣箱をのぞく女の子など、みな独特の静けさに包まれていました。見ていると心の深いところに響く絵で、自分も絵のなかの住人になるかのようでした。こんな世界観を描ける人をぜひMOEで紹介したいと思いました」

森下さんはMOEの新人用の描き下ろしページの候補者として、編集部に酒井さんの「よるくま」を提案しました。ほぼ即決で掲載が決まりました。しかも12ページ分。そのころのMOEが新人に依頼する原稿は4ページ、長くても8ページでした。破格の提案が編集部ですんなり認められたのです。それだけの熱量が酒井さんの絵から放たれていたからです。

MOE用に描き直された「よるくま」は、1999年3月号に掲載されました。発売からほどなくして編集部はまた驚きに包まれることになったのです。雑誌に織り込まれていた読者はがきアンケートで2位という評判を呼びました。新人作家としては10位に入れば上出来なのですが、多くの女性読者や、美術に関心のある男性読者からも、熱い読者ハガキが寄せられました。

「編集部に行くなり、当時の編集長が『森下さん。すごいじゃないか、酒井駒子』と興奮して話しかけてきたのを覚えています」

『よるくま』原画(偕成社、1999年)

なにが読者の心をつかんだのでしょうか?
森下さんは次のように分析しています。

「物語全体の優しさ。そしてよるくまの存在の愛らしさでしょうか。ディック・ブルーナの絵本の主人公『うさこちゃん』やシェパードが描いた『クマのプーさん』の絵みたいに、動物でありながら、まるで人間の子どものように擬人化された主人公が、親しみやすく、読者の心にすっと受け入れられたのでしょうね。『よるくま』というタイトルもよかったです」

ちなみに、単行本としての『よるくま』は1999年に偕成社から出版されています。

子どものこころをありのままに

「よるくま」が人気となり、編集部では酒井さんにMOEのための新作をお願いしようということになりました。

MOEが酒井さんに依頼をした1作目は『よるくま クリスマスのまえのよる』(白泉社、2000年)です。MOEの1999年12月号の掲載分に描きおろしを加え、新たに編集した絵本です。

『よるくま クリスマスのまえのよる』(白泉社、2000年)

「よるくま」が好評だったので続編はどうかというお話をしたのですが、酒井さんは「続編は難しい」ということで、新たなテーマを話し合いました。

「それでは、掲載が12月号ですので『クリスマスのお話はいかがですか』と酒井さんにお願いしました。当初はよるくまは1話だけと考えていた酒井さんでしたが、『クリスマスなら、描いてみたい』とつくってくれたのが、「よるくま クリスマスのまえのよる」でした。お母さんにしかられて自分にはサンタはこないと心配する男の子が、クリスマスを知らないよるくまに、クリスマスをおしえてあげるあたたかなお話でした」

『よるくま クリスマスのまえのよる』原画(白泉社、2000年)

お母さんにしかられて、思いつめている男の子。男の子にそっと寄り添うよるくま。しかったお母さんも、男の子のことが気になっていたに違いありません。そんなそれぞれのこころのゆらぎが描かれています。

「どの国でも、いつの時代でも、親にしかられると子どもはたまらなく不安になりますよね。そうした普遍的なテーマともいえる、子どもがお母さんを思う気持ちが、脚色されずていねいに掬い取られていました。それは『ロンパーちゃんとふうせん』も同じです」

風船をめぐる子どものお話はMOEの2002年10月号に掲載されました。それに加筆、修正をした絵本『ロンパーちゃんとふうせん』(白泉社)は翌2003年に出版されています。

風船をまるで生きている友だちのように慈しみ、一緒に遊び、手が届かなくなると涙を流す女の子のロンパーちゃん。お話の中で風船にスプーンをくくりつける場面が描かれています。実際にそうしているお母さんを、酒井さんは見たことがあるからです。

『ロンパーちゃんとふうせん』原画(白泉社、2003年)

この絵本は欧米、アジア8つの言葉に翻訳されています。今も毎年のように翻訳の問い合わせが寄せられているといいます。

森下さんはこう言います。
「風船はどこの国の子ども達も好きな、ちょっと不思議な存在だと思います。そんな風船に親しんだ特別な時間と、大切なものを失った時の切ない気持ちが絵本には描かれています。」

あえて名前は決めない

ロンパーちゃんという不思議な響きの名前は、読む人に特定のイメージを限定したくないという酒井さんの思いからでした。そういえば『よるくま』の主人公の男の子にも名前はついていません。

「でも、海外での出版では『Akiko』(フランス版)、などと翻訳されています。きっと日本らしい主人公の名前にしたかったのでしょうね」
そのように森下さんは教えてくれました。

2009年に出版された『BとIとRとD』(白泉社)は、一風変わった絵本です。MOEの2004年12月号から2006年12月号まで隔月連載された同名の文と絵を再構成したり改稿したりして刊行されました。

『BとIとRとD』(白泉社、2009年)

主人公の女の子は□(しかく)ちゃんと名づけられています。これも特定の名前にせず、□のなかに読み手が自由に主人公の名をあてはめてほしいという願いからでした。

この連載は森下さんが酒井さんに「1冊の絵本のお話にはならない、小さな欠片のようなお話をMOEで連載してほしい」お願いして決まったといいます。

当時、酒井さんが数年に一度開いていた、展覧会のために描いた絵の中に、短いお話をイメージさせる作品がいくつかあったからです。

こうして図書館やカミナリなどにまつわる、夢ともうつつともつかない酒井駒子さんの世界を映し出す鏡のような絵と文の連載が始まったのでした。

『BとIとRとD』原画(白泉社、2009年)

長く愛される絵本を一緒に

森下さんはMOE編集部の前は、別の総合出版社で女性誌の編集をしていました。それはそれで楽しく、やりがいがあったといいます。

でもある時、ファッションやカルチャーなど、毎年目まぐるしく変化する女性誌の世界ではなく、100年以上前に描かれた作品が今でも同じように愛されている絵本の世界に魅力を感じたといいます。

そして絵本専門誌であるMOE編集部に転職。数年たった頃、絵本の世界を通じて知り合った友人との縁から、酒井さん出会うことになったのです。
「酒井さんの絵は、静かだけれどとても強い絵だと思います。それは、言葉では表現できない無意識の世界というか、その人の核になっているような根っこの部分に響くからです。酒井さんのような作家の方と、読者に長く読まれるような絵本をこれからもつくれたら嬉しいです」
あの出会いは、宝物になりました。

ほらね、森下さんも「しあわせの編集者」なのですよ。

◆次回は偕成社の広松健児さんに『金曜日の砂糖ちゃん』や『はんなちゃんがめをさましたら』を中心にお話を伺います。

らび
自ら「らび」と名乗っている初老のおじさんです。うさぎが好きで「ぼくは、うさぎの仲間」と勘違いしているからです。ディック・ブルーナさんを尊敬しています。著書に『ディック・ブルーナ  ミッフィーと歩いた60年』 (文春文庫) 。

                            

TOPICS

だれもが自分のこころに持っている、子どものころの感受性を引き出してくれる絵本
背伸びしたり、かがんだりして酒井駒子のユニークな世界を楽しんで
だれもが心をぎゅっとつかまれる。幸せな気持ちになる酒井駒子さんのせつない絵。