PLAY! インタビュー cozfish 祖父江慎さん・藤井瑶さん

「長く愛される本に」。図録デザイナーが語る酒井駒子さんの絵の魅力

「みみをすますように 酒井駒子」展の図録を手に取ってみてください。由緒ある学校の図書館で、カント全集の隣に並んでいても不思議じゃない装丁だと思いませんか。そんなブックデザインを手がけた祖父江慎さんと藤井瑶さんに、らびがインタビューしました。

デザイン事務所cozfish(コズフィッシュ)のふたりは展覧会広報物のデザインも手がけています。
インタビューが始まると祖父江さん、いきなりお茶目に話し始めましたよ。

(このインタビューは春の会期中に行いました)

取材・執筆:らび

cozfish 祖父江慎さん 藤井瑶さん

祖父江 コノホンハ フジイガ タントウデ デザインシマシタ。ワタシハ ディレクション デス。

― のっけから外国人みたいな口調ですね。どうしたのですか?

祖父江 ガイコクノ ホンノヨウナ シアガリ二 アワセテミマシタ! オオ! コグチ(小口:本の背の部分を除いた三方の辺)ノ イロガ ユタカデスネ。コレハ インサツノ イロデスカ?

藤井 本文の印刷の色です(笑)。それぞれのページの印刷の微妙な差異が重なって、小口がこういった豊かな色合いに見えています。

― 確かに印象深い本に仕上がっていますね。

祖父江 フジイサン、クワシク オシエテ クダサイ。

藤井 サイズはA5版の変形で、424ページあります。収録作品の多くが絵本用に描かれた絵なので、原画のサイズを考えるとはじめはもう少し大きい判型にする案もありました。ただ、画集として酒井さんの絵とどう向き合うか、どんな時間を過ごすかを考えた時に、きっと一人ひとりが自分の手元に置いてそれぞれのペースでページを静かにめくるようなものがいいなと。
パーソナルで、本らしいしっかりとした重さが手に伝わるような、そんなイメージの本が似合うという思いがあって、この大きさになりました。

『みみをすますように 酒井駒子』

長く本棚に並んでいてほしい

藤井 この本にはこれまで酒井さんが手がけた作品の中から、約300点の原画と約30枚のラフスケッチが収録されています。

祖父江 クロス張りの表紙にもこだわりましたね。清潔感とデリケートさにあふれているよね。

藤井 手触りがいいですよね。長く本棚に並ぶような本になると嬉しいです。

祖父江 そうそう。本としての物質感を大事にしたかったからと、長い時間をかけて大切にされる本にしたかったから、クロス張りにしたんだよね。なんと、表紙を飾っているのは、この本のための駒子さん描き下ろしの絵じゃないですか。

藤井 題箋貼(だいせんばり)といって、空押し(からおし)して表紙を少しへこませたところに、別の紙に印刷した絵(タイトルは「手に鳥を乗せている」です)を貼りこんでいます。ちなみに本を開くと、もう一枚の描き下ろしの絵が登場します。

もう一枚の描き下ろしの絵「アッシュブルーの帽子」

祖父江 それから、表紙に押された金の箔の文字もしっくりきますね。和文と英文で「みみを すます ように 酒井駒子」と「As if Listening Komako Sakai」。

― ちなみにタイトルを「みみをすますように」と全部ひらがなにするか、漢字を交えた「耳をすますように」にするかで、草刈さん(PLAY! MUSEUMディレクターでこの展覧会を企画した草刈大介さん)と戦ったのだとか(笑)。

藤井 それは誤解です(笑)。「展覧会全体のトーンが必要以上にこどもっぽくならないように、漢字が入っていた方がよいのでは」という考えと、「音から想像が広がるように、あえてひらがながよいのでは」という考えと、両方あって。

祖父江 そうそう。具体的な人間の体の一部の「耳」ではなくて「みみ」という音の響きを意識してほしかったんだよね。

藤井 「耳を すます」は文章として明快で、読んだ時に意味がぱっと入ってくる。「みみを すます」はひとまとまりの音の印象が先にあって、少し考えてから意味が入ってくる。どちらも意図があります。

祖父江 いろいろ話し合って漢字バージョンとひらがなバージョンのロゴを両方提案した結果、ひらがなでいこう!ということになりました。

藤井 目で観る展覧会なのに、音を聴く行為がまずある、というのがおもしろいですよね。

― 背表紙の箔押しも素敵ですね。

藤井 この束厚(本の厚み)だからこそ実現できるデザインでした。

― クロスはなぜこの色にしたのですか?

藤井 明るいけれど、眩しい白さではなく、目に優しい落ち着いた色がいいなと思って酒井さんのお考えを伺いつつ決めていきました。

祖父江 絵の邪魔をしない色だし、絵のまわりを縁取った白の清潔感が際立って、酒井さんの静かなすっとした感じをやさしく包んでるイメージ。

藤井 描き下ろしの絵が完成する前に本の仕様を決めていたので、どんな絵が届くかな~とどきどきしましたが、最終的に色合いがぴたっと揃うかたちになって嬉しかったです。

絵としての存在感を大切に

― この本の全体の構成を教えてください。

祖父江 基本的には、絵本が出版された年代順に原画やスケッチを掲載したよね。

藤井 そうです。酒井さんともお話をして、おおまかに年代順に並べつつ、ところどころで前後を入れ替えている作品もあります。その合間にラフスケッチが挟み込まれているような構成になっています。

もうひとつ大きな特徴としては、この本では絵本の文章は収録せず、絵を見せることに集中しています。絵本の再録をつくるのではなく、画集として大きな流れをもう一度編み直すような気持ちでしたね。

ー 酒井さんの絵についてはいかがでしょうか。

祖父江 デビュー当時の駒子さんは白い下地の上に絵を描いていたんだけど、『ぼく おかあさんのこと…』(2000年、文溪堂)くらいから黒い絵の具でまず下地を塗って、その上から不透明な絵の具を塗り重ねて描く作品が多くなってきたんですよ。これは製版が難しいんです。

『金曜日の砂糖ちゃん』(2003年、偕成社)のブックデザインをしたことがあるんですが、スキャンすると、肌色の下にひかれている黒をスキャナーが拾いすぎて、印刷した時にあざのように見えちゃったの。

藤井 スキャナーは性能がいい分、均一にピントがあってしまって、人間の目で見た時の印象では見えないような色までしっかりデータに起こしちゃうんです。

祖父江 かといって、黒を抑えようとすると今度は必要なところの黒が十分に出せない。駒子さんの絵にとって、黒はとても重要なんです。まるで生命のゆりかごのような、いきものたちが安心して生まれることができるあたたかでやさしい黒なんです!

スキャナーでは駒子さんの絵の本質を見ることができないなと感じました。だから、今回はスキャナーを使わずに、すべて原画をカメラで撮影しました。

― フィルムで撮影したのですか?

祖父江 デジタルカメラです。デジタルとはいえ、カメラの方がまだ人間の肉眼に近いですから。

藤井 『BとIとRとD』(2009年、白泉社)のように、原画の中には段ボールや厚紙に描かれているものもあります。そういった厚みや凹凸のある作品の立体感を出す意味でも、今回はカメラで撮影する方が相性がよかったと思います。

祖父江 質感といえば、駒子さんの絵には、ものとしての手触りの豊かさがあるなと思います。表紙のクロスだけでなく、本文の紙選びにもこだわったんですよ。

藤井 原画のページとラフスケッチのページとで本文用紙を変えているのですが、ラフスケッチの方は薄くて白いさらしクラフト紙に印刷しています。酒井さんが実際にラフを描かれる時に、コピー用紙やメモ用紙の裏に、それも上下左右色々な向きから描いているのを拝見して、そのカジュアルな感じを図録でも出せたらいいなと思いました。

祖父江 鉛筆の線は黒と銀を混ぜ合わせた鉛色のインキ、ボールペンの線は赤と青の特色で印刷してます。これがまるで図録に直接描かれてるんじゃないかと思える美しい仕上がり!印刷会社(サンエムカラー)さんの頑張りがすごい。

藤井 色校が出てきた時、みんなで感動していました。

祖父江 花布(本文の背の上下の両端につける小さい布)は紺色。背の部分はホローバックにして、厚みがあっても本がしっかり開くようにしています。これ、糸かがり製本だっけ?

藤井 糸です。糸かがり製本です。

― 確かに花布の紺色とクロスの色で、本全体に凛とした感じが漂っています。糸かがり製本というのは分厚い書籍づくりに適しているのだそうですね。本の耐久性が高まり、本を大切にしてほしい気持ちが伝わってきます。

祖父江 さっきも言ったけれど、ずーっと長く愛されて、繰り返し開いたり閉じたりしても大丈夫なように、しっかりめにつくってあります。

距離と時間で見え方が変わる

祖父江 それからなんと、この本の印刷には印刷の網点が細かいFMスクリーンを使っています。じゃじゃーん。

― 高精度の印刷ということですか?

祖父江 そうそう。FMスクリーンの特徴は、通常のAMスクリーンと比べてアミ点が小さいので、より鮮やかな色がつくれたり、デリケートな表現ができたりするところです。そもそもCMYKの4色で原画とまったく同じ色を出すことは至難の技で、絵の具とインキとでメディアも違うから、絶対に同じにはならない。原画に近づけることを考える時に大事なのは、「原画の印象を印刷に置き換える」ための製版で、原画をパーフェクトに再現するための製版じゃないんです。

祖父江 今回、駒子さんの原画を改めてよく見て、気がついたことがあります。それは、駒子さんの絵は、見る人の目線の距離感によって見え方が違ってくるということ。離れたところから見るとごつごつした感じの線なのに、近くで見ると鮮やかで繊細な線がひかれていることがわかります。

『赤い蝋燭と人魚』(2002年、偕成社)の原画で、人魚の目のところを見てびっくり。遠くから見た時は淡い赤で描かれている印象だったのが、近くで見ると鮮やかな赤い線ではっきりと描かれている。これは原画を見ないとわからないですよね。

藤井 原画を間近に見ると、酒井さんの作品は想像以上に大胆なタッチで描かれていることに驚きます。でも、あとからその絵のことを思い起こすと、繊細でやわらかな印象が記憶に残っているのです。そこのギャップが面白い。酒井さんの絵は見る距離だけでなく、時間の経過によっても見え方が変わってくるなと思います。

祖父江 そうなの。駒子さんの絵本って、大人になってから見ると子どもの時に読んだ記憶とは違って見えるんですよ。独特な作家さん。

藤井 先ほどの話で、原画を再現するのではなく、「原画から受ける印象をいかに印刷に置き換えるか」を考えることのおもしろさと難しさもそこにありますよね。

祖父江 それに、駒子さんも原画と印刷をぴったり揃えることよりも、印刷されたときの印象を大切にしたいので、必ずしも原画どおりでなくても大丈夫ですとおっしゃっていて。それをとても大事にされていました。

くり返し見たくなる絵

― 展覧会のポスターのこともうかがいます。ポスターには『BとIとRとD』(白泉社、2009年)の原画を使っていますね。

藤井 デビュー作から最新作までを網羅する展覧会で、どの絵をメインビジュアルに据えるかについてはいろいろな案がありました。たとえば、絵本の表紙に使われている絵はその作品の印象がどうしても強く出てしまいます。

酒井さんのことを知らない人がポスターを見ても、酒井さんらしさが伝わるもの、と考えた時に、『BとIとRとD』に描かれている女の子と動物と黒と段ボールの組み合わせはとても重要に思えました。

祖父江 そして、僕はこの絵が大好き。

藤井 もちろん祖父江さんの個人的な気持ちで選んだわけではないです(笑)。実はこの絵には対になるもう一枚の作品があって、女の子が椅子から立ち上がって鳥たちが飛び立つシーンなんですが、そういった映像的な時間の行き来も酒井さんの作品の魅力のひとつだと思います。2枚の絵を並べたデザインを、B3サイズの横長のポスターでつくりました。

祖父江 くり返しになるかもだけど、この画集には物語の文章がなく、絵だけが並んでいて、つまり「言葉を失った絵本」なんです。言葉がないから、必然的に絵を見るのに集中するでしょう。そうすると「あれっ、こんなところにこんなものが描かれてたんだ」という発見があって新鮮でしたね。

藤井 しかも、記憶をたどりながら絵を見ることで、物語が今までと違う新しさをもって自分の中に立ち上がってきますよね。

祖父江 そうそう。駒子さんの絵は時間によって成り立っている要素が強い。そこが独特だと思いますよ。1枚の絵を見ると「どうして、この子はここにいるのだろう」「これから、どうなるのだろう」とついつい考えてしまう。

時間の流れが絵の中にも入り込んでいるから、駒子さんの描く子どもは、ひとところにとどまってくれない。だから、何度でも見たくなっちゃうんですよ。

らび
自ら「らび」と名乗っている初老のおじさんです。うさぎが好きで「ぼくは、うさぎの仲間」と勘違いしているからです。ディック・ブルーナさんを尊敬しています。著書に『ディック・ブルーナ  ミッフィーと歩いた60年』 (文春文庫) 。