この春から大学4年生になる岡本香音(かのん)さんは、PLAY! MUSEUMで始まる「みみをすますように 酒井駒子」展の会場で公開される映像づくりを進めています。早稲田大学基幹理工学部の表現工学科で映像について学びながら、4月10日のオープンに向け制作を続ける「映像作家」です。
取材・執筆:らび
こんにちは。香音さんと呼ばせてもらいますね。
香音さんはいま、3本の映像をつくっているそうですね。絵本作家の酒井駒子さんの原画を使った映像が2本。香音さん自ら撮影して編集した映像が1本と聞いています。
「そうです。原画を使うのは絵本『ゆきがやんだら』(学研プラス)と、新聞連載小説『七夜物語』(文・川上弘美、朝日新聞出版)です。自分で撮影したのは森の映像です」
香音さんはまず、森の映像について話してくれました。
「森に見られている」
森は酒井さんの創作のキーワードのひとつです。
酒井さんは2013年より山の近くにアトリエを構え、創作を続けています。そこでの暮らしを3年にわたって書いた画文集『森のノート』(筑摩書房)を読むと、酒井さんを取り囲む森の気配が伝わってきます。
「酒井さんが感じている森をPLAY! MUSEUMのなかに持ち込めたらいいなと思って」
酒井さんのアトリエの近くの森で香音さんはカメラを回しました。この2月中旬のことです。雪の映像を撮りたかったからです。
心がけたのは、必要以上にカメラを動かさないこと。できるだけ固定して、動かす時も手ぶれが起きないような装置を使い、香音さんが撮影していることを感じさせないような映像にしました。
香音さんは、自分の気配を消したのですね。
さらに、撮影した映像をスローモーションに加工することで、酒井さんが書いたゆめともうつつともつかない森の雰囲気を表現しています。見る人が森の中に迷い込んでいく錯覚を覚えるような、3分ほどの映像にしたいのだとか。
「撮影しているときに気が付いたのですが」と香音さんは言いました。「森に見られている気がしたのです。奥の方からじっと」
香音さんは新緑の頃にも撮影に行く準備を進めています。
肌触り、そして、におい
『ゆきがやんだら』の原画を大きく映し出す映像も、3分間ほどの長さになりそうです。
森の映像とは対照的に、こちらには特別な工夫をしません。酒井さんの原画を映像で横3メートル、縦2メートルほどまで引き伸ばし、投影するのです。
絵だけで文章はありません。表紙から背表紙まで順番に絵本をめくっていくように、挿絵の映像だけが時間をおいて切り替わっていきます。
「絵本を読む時にはどうしても前かがみになりますね。でも、映像を大きく映し出すとまっすぐ立ったままの姿勢で、絵本の世界と等身大のまま接することができます。新しい発見や体験があると思うのですよね」と香音さんは話しています。
香音さんは酒井さんの絵本の印象を「冷たさに包まれた中で、ほんの少しの暖かさに身を委ねているような感覚」と話しています。3本の映像はどれも彼女の絵本の世界観に共鳴するように、いま制作されつつあるのです。
物語を紡ぎなおす
3本目の『七夜物語』も原画をスキャンしていますが、制作の狙いはさきほどの『ゆきがやんだら』とは大きく違います。
ちょっと大げさに書けば、香音さんは原画を手がかりに連続した原画がつくりだす、七夜物語の新たな可能性を引き出そうとしているのです。
『七夜物語』は2009年からおよそ1年8カ月の間、朝日新聞に連載された小説です。作者は川上弘美さん。酒井さんが挿絵を担当しました。物語の展開に合わせ挿絵の原画は600枚近くに上ります。
展覧会では膨大な原画のうち1枚だけが展示されます。残りはスキャンして展示台の上に次々に映し出すことになりました。
ここからが香音さんの腕の見せどころ。
香音さんは約600枚全ての原画をスキャンし、映像に組み込もうとしているようです。
原画全てを映像として見せていくのは難しいようにおもいますが、なぜそのような判断をしたのですか?
原画の引き出す可能性を潰さない
「約600点の原画を1つ1つ確認しているときに、‘これを僕が甲乙つけて、間引いていくのは不可能だし、したくないな’と思いました。どの作品も素晴らしいですし、作品を次々みていくことで文章を読まずとも七夜物語の世界が頭の中に紡がれていきます。みてくれた人それぞれの発見が、体験となって原画たちの可能性を引き出して欲しいと思っています。
映像を作るにあたってのぼくの役目は、そこにリズムと空間的な広がりを与えることだと思っています。そのための仕組みづくりに取り組んでいます。
1章につき30秒ほどの映像ですから8章全部見るとおよそ4分かかります。
そうしたらまた1章に戻るのですが、よく見ていてください。」
あれれ!
これ以上書くとネタバレになります。展覧会場であなたの目で確かめてみてください。
(敬称略)
取材・執筆 らび
自ら「らび」と名乗っている初老のおじさんです。うさぎが好きで「ぼくは、うさぎの仲間」と勘違いしているからです。ディック・ブルーナさんを尊敬しています。著書に『ディック・ブルーナ ミッフィーと歩いた60年』 (文春文庫) 。