PLAY! インタビュー 「しあわせの編集者」⑤文溪堂 大場裕理さん

絵本は種のよう。作家らとともにじっくり育て、花を咲かせたい

「みみをすますように 酒井駒子」展に合わせ、絵本作家の酒井駒子さんを担当した絵本編集者を、らびが訪ねてインタビューする「しあわせの編集者」の第5回です。

今回は、うさぎの親子を主人公にした『ぼく おかあさんのこと…』(2000年)と『しろうさぎとりんごの木』(2013年)の2冊の出版にかかわった文溪堂の大場裕理さんです。うさぎのお話がたっぷり聞けましたよ。

取材・執筆:らび

まず、お父さん、お母さんに愛情をたっぷり注がれている小さな白いうさぎの女の子のお話『しろうさぎとりんごの木』からお尋ねしましょう。
この絵本は日本児童文学者協会賞など数々の賞を受けている石井睦美さんの文に、酒井駒子さんが絵を描いています。文も絵もとってもかわいらしいですね。
編集者の大場裕理さんが石井さんと相談をしてうまれた絵本です。

「酒井駒子さんに絵を描いていただこうと考えています。酒井さんの絵がつくイメージでお話を書いていただけませんか?」
石井さんには酒井さんの絵を想像しながらお話をつくってもらい、そのお話を酒井さんに読んでもらって絵を描いてもらう。そんな提案でした。

しあわせになるお話

『しろうさぎとりんごの木』(2013年、文溪堂)

大場さんが石井さんにお願いすると「じゃあ、うさぎちゃんですね」とすぐに返事をもらえました。うさぎの絵本を酒井さんとつくりたいという思いは、石井さんの胸の内にすでにあったようです。
うさぎの母子を主人公にした酒井さんの自作絵本『ぼく おかあさんのこと…』が石井さんのお気に入りだからです。

石井さんには、たった一つ「読んだ人が、あたたかくしあわせな気持ちになれるお話をお願いします」とお願いしました。

しばらくして、大場さんが望んだ以上のとてもしあわせな物語が出来上がってきました。酒井さんに読んでもらうととても気に入ってくれました。

絵本・児童書情報サイト「絵本ナビ」には石井さんと酒井さんの往復書簡が8回にわたって掲載されており、そこには酒井さんのこんな感想が書き込まれています。
「いただいたテキストを読んでうれしくなりました。甘やかでおっとりしていて、ヘンデルの『オンブラ・マイフ』という歌を思い出しました」

「オンブラ・マイフ」というのは、ドイツに生まれ18世紀のイギリスで活躍した作曲家ヘンデルのオペラ「クセルクセス」で歌われるアリアです。ソプラノのキャスリーン・バトルさんの歌が人気を呼び、1980年代後半のテレビCMに使われたことがあります。

生い茂った木々の蔭よ、お前ほど
いとしく優雅に
やさしいものは
なかった
木々の蔭よ
(小野桃代さん訳)

緩やかな旋律にのせて、穏やかな歌詞が流れていきます。
そうです。絵本のなかでしろうさぎが見上げたりんごの木陰を思わせるような歌なのです。

この絵本では酒井さんの描くりんごの花がとても印象的ですね。
みなさんは、りんごの花を見たことはありますか?
らびが若いころに暮らしていた青森県では、5月中旬に満開を迎えます。桜に似た真っ白なかわいい花。まさしく、しろうさぎみたいな花です。

りんごの木の思い出

先ほど紹介した「絵本ナビ」の往復書簡で、酒井さんは取材のため「りんごの木を見てきました」と書いています。
「りんごの葉は、ちょっとグレーがかった不思議な緑色でした。ひろった葉っぱを机の前にはって毎日ながめています」

『しろうさぎとりんごの木』原画(2013年、文溪堂)

「絵本ナビ」のサイトには、酒井さんへのインタビューも掲載されており、こんな回想が語られています。
「子どもの頃、算数教室に通っていました。その教室の玄関の前に青りんごの木があって、その木の感じや玄関のことを何となく思いだしました」
石井さんのテキストは酒井さんの思い出を呼び起こしたのですね。

実は、石井さんはテキストを少し長めに書いていたといいます。
文章を挟んで酒井さんとはやりとりが進められます。ですので、戯曲のト書きにあたる、情景を説明するような描写も書き加えていました。

「酒井さんの描いてくれる絵を見て、削れるところは削ろうと石井さんは考えていたようです」と大場さんは振り返ってくれました。

やがて「絵ができました」というメールが酒井さんからきました。受け取って、見て、その出来上がりに大場さんは驚かされました。
お話に合わせた絵の展開を酒井さんが考え抜いていたからです。

本物のうさぎがモデル

この絵本には色つきの絵のほかにデッサンのような線描のカットもあります。酒井さんは、すべての絵や線描を掲載する段取りを決めていました。この絵はここに乗せて、カットはそこに挿入して、という具合に。

「酒井さんは絵本のイメージを構成して描いていたのです。始まりからおしまいまで、本としての仕上がりがしっかりと頭の中に浮かんでいることがよくわかりました。カットはモノクロだったので、デザイナーさんにお願いしてページによっては色に変化をつけました。そのほかには手を加えたところはほとんどありません」

石井さんのテキストも、結局削ったりはしなかったそうです。
「酒井さんは『行間に余韻があって素晴らしいので、削らないでこのまま使っていただきたいのですが、どうでしょうか』ということでした。たしかに、石井さんの趣のある文は削りどころがないものでしたので、文章も絵もいただいた通りにしました」と大場さんは話してくれました。

続けて、大場さんからすてきなエピソードを聞きました。
この絵本で、しろうさぎが玄関を出てりんごの木の下まで向かう前に、お母さんがどこまで行くのと尋ねる場面があります。
しろうさぎの答えは「えーと、こたえはふたつ。ほんとのことと うそっこのこと。おかあさんはどっちがききたい」。かわいらしい返事は、石井さんのお嬢さんが実際によく口にしていたのだそうです。

『しろうさぎとりんごの木』原画(2013年、文溪堂)

それから、これは「絵本ナビ」のインタビューで紹介されていることですが、しろうさぎのモデルについて酒井さんは「この絵本でのうさぎは、ぬいぐるみより本物のうさぎや子どもを参考にしました」と話しています。

らびは、うさぎと暮らしているのでよくわかります。
本物のうさぎの表情やしぐさが酒井さんの絵から感じられるのです。特に毛布をかぶって目をつむっている姿は、生きている子うさぎそのものです。

想像上のお話にもかかわらず、どこか現実のような感じがするのは、文にも絵にも作家の目の前で本当に起きたことが宿っているからかもしれません。

きゅんとする男の子

ところで大場さんが、酒井さんと知り合ったのはいつごろなのでしょう?

「『よるくま』(偕成社、1999年)が出た直後の冬ごろのこと。当時、東京・吉祥寺にあったトムズボックスに行き、店番をしていた土井さんとあれこれ絵本のことなどを話している時に、『酒井駒子、どうよ』とラフ(下がき)を見せてもらったのが始まりでしたね」

そのころ、大場さんは20代の絵本編集者。土井さんというのは、この連載の初回に登場した土井章史さんです。数多くの新人絵本作家を見出したフリーの絵本編集者で、トムズボックスという古書と絵本のお店も営んでいます。
その土井さんに見せてもらったのが『ぼく おかあさんのこと…』のラフでした。酒井さんが文も絵も手がけた自作絵本です。

「ラフなので絵はモノクロの線描きでしたが、お話はきっちりできていました。お話の内容は出版されているのとほぼ同じでしたね。ちょっとすねた男の子の感じがよく出ていて、きゅんとしてしまったのです。この絵本はぜひ出したいと思い、土井さんに『社内で企画を通しますから私にください!』とお願いしました。うまく企画が通り、その後、酒井さんと初めてお目にかかりました」

大場さんは その頃は、まだ駆け出しの絵本編集者ということもあり、実際の編集については土井さんから学ぶことが多かったそうです。

「土井さんは『こうしなさい』『ああしなさい』と指図をするタイプの人ではありません。仕事を通して『ああ、ここはこういう風につくっていくのか』『こういうところは気を付けないといけないんだ』と後ろ姿を見てたくさん勉強させていただきました」

『ぼく おかあさんのこと…』で大場さんが印象にのこっているのは、表紙のデザインをめぐるやりとりです。
この絵本の表紙には、うさぎの男の子の絵の上下に帯状に濃い茶が配色されています。酒井さんはそこを黒にしたいと言いました。「でも、当時は黒は子どもの絵本の表紙にはあまり使われない色でしたので、土井さんを交えて話し合い、黒っぽい印象に近い濃い茶色に決めました」と大場さん。その代わりと言うのもなんですが「見返し」は黒になっています。

『ぼく おかあさんのこと…』(2000年、文溪堂)

子どもと大人のまなざし

『ぼく おかあさんのこと…』は、子どもはもちろん、お母さんにも人気がある絵本です。子どもからの視線と大人からの目線が交わり合うお話だからかもしれません。

大場さんはこう解説してくれました。
まず、子どものまなざしについてです。

「この絵本は男の子のお話ですが、男の子、女の子に限らず、子どもにとってのお母さんとは、絶対に信頼できる相手なのだということが伝わってきます。そうした子どもの気持ちがわかるのは、酒井さん自身がたくさんの子どもをよく見てきたからではないでしょうか。子どもたちを見守るなかで、子どもの気持ちを自分のなかに吸収していったのだろうと思います」

『ぼく おかあさんのこと…』原画(2000年、文溪堂)

始まりは男の子の愚痴みたいな話なのに、いきなり、お母さんと結婚できないのはいやだと駄々をこね始め、空想の中で怪獣みたいに大きくなります。この展開も、実に子どもらしいと大場さんは言います。
「子どもって考えていることが、あっという間に飛躍していきますよね。そいう子どもの感じ方やものの見方を酒井さんはよくわかっているなと思いますし、私自身がそういうところに惹かれました」
大場さんも2人の男の子のお母さんです。

今度は母親の立場になって考えてくれました。
「毎日、働いて疲れているのだから、休みの日くらい少し寝坊したいお母さん。お母さんにもこういうことありますよね。もう、これ以上がんばれないっていうとき。そのお母さんに子どもはかまってほしい。気持ちはあるのに、愛情を100%かけてあげたくてもできないときがあってもちょっとの間だけ、ゆるしてねって。」

そんなお母さんと子どもを、ちょっと離れたところから優しく見守る酒井さんの視線を大場さんは感じると言います。
「お母さんと子どもがむぎゅーっとして、洗濯された男の子のタイツを並べて干しているところで終わる。そこに作家としての酒井さんのあたたかいまなざしがあります。本当はお互いいつも思い合っているけれど、なかなかそれが伝わらないこともある。でもこうして、ときどき確かめ合うことができる時間が持てればいいんじゃない、というメッセージかなぁと思います」

『ぼく おかあさんのこと…』原画(2000年、文溪堂)

でも悲しいことに今、大人から子どもへの暴力や育児放棄が深刻な問題になっていますね。

「そうなのです。いろいろな事情で愛情を受けられない子どもたちはいます。『ぼく おかあさんのこと…』で、おしゃべりに夢中になっているお母さんの足元にポツンと座っている男の子。寂しげに愛情を待っている。そのうさぎの男の子を後ろから抱きしめるような酒井さんの包容力が伝わってくる絵で、酒井さんの物語の世界を象徴するで1枚です。私はこの子のせつない姿がずっと気になっています」と大場さん。
大場さんに児童虐待の話をするととても悲しそうな顔になりました。

酒井さんのあたたかい思いを伝える絵本を、子どもを膝にのせて読んであげる。そうすればたとえ大人の気持ちがくさくさしていても、だんだん落ち着いてくる。

「忙しい日々の中でも1冊の本を子供と一緒に読む時間を持ってもらえると、いいのになぁと、思います。でも、本当に読んでほしい人たちにこの絵本は届いていないような気がして。痛ましい事件は後を絶ちませんね。お薬は出しているのに、飲んでもらえていないようなつらい気持ちになります」

絵本は花の種のよう

だからといって、大場さんは落ち込んだりしていません。絵本編集者という仕事に誇りを持っているからです。

「編集者は一人では本はつくれません。作家はもちろん、デザイナーや、印刷、製本などにまつわるいろいろな人の力をお借りしないといけません。そうやって素晴らしい絵本を世に出せる。そのしあわせは、ほかではなかなか味わえない喜びです。それは酒井さんとの仕事に限らずですけれども」

大場さんは絵本を花の種にたとえました。
「絵本は種のようなものです。一度私たちの手を離れるとそこから先はだれの手に届き、どう芽吹き、どんな花を咲かせるのかはわかりません。でも、読者からの声が届いたり、今回のような展覧会で見てもらえる機会をいただいたりすると『あの時に育てた種がこんな花を咲かせたのだ』と感じることができて、とてもしあわせになります」

大場さん、しあわせという言葉を繰り返していますね。

「絵本は、時間をかけて種から誰かの元で花になり、実を結ぶものだと思います。パッと出してベストセラーになって終わりというものではありません。作品は、人となりを映し出すなあと感じることが多いです。酒井さんの絵本は、お人柄そのままにゆっくりとじんわりとあたたかく読者に語りかけてきます。酒井さんの中で練って、練って、練り上げられた普遍的なメッセージが確かに静かに伝わってくる。酒井さんとの絵本は、私が編集者を辞めても残り続けていくだろうなと思えますし、そんな絵本づくりにかかわることができて、本当にしあわせです」

聞いていたらびも、しあわせな気分になりました。

らび
自ら「らび」と名乗っている初老のおじさんです。うさぎが好きで「ぼくは、うさぎの仲間」と勘違いしているからです。ディック・ブルーナさんを尊敬しています。著書に『ディック・ブルーナ  ミッフィーと歩いた60年』 (文春文庫) 。

                            

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