「おはよう。今日は何する日?」
「お皿の絵付けが20枚、16時に窯出しだよ」
鹿児島睦の「まいにち」は、その日にすることを尋ねることからはじまります。
「鹿児島睦 まいにち」展の図録に掲載されたインタビューの冒頭を限定公開します。
制作中の鹿児島の横で2日間取材したロングインタビューです。
全文が掲載された図録はPLAY! SHOPや全国書店で販売中。
以下、『鹿児島睦 まいにち』より
2023年2月13日 自宅兼アトリエにて
(08:49) 染付の下描き、蝋抜きをしながら
—— 馬が現れました。背中を丸めて、お皿の上で跳躍しているみたいです。
乾燥させて白土を塗った丸皿に、鉛筆で下描きをしています。これは大きなお皿だから、大きくやらないと。細かくはじめてしまうと、どんどん細かくなっていくからよくないんですよ。本当はモチーフ一つ、くらいがいい。馬は手脚も尻尾も長いし、面積を埋められるからいいかな、と。
—— 馬が描きたいから、というわけじゃなく?
僕が描きたいものを描くわけじゃなくて、この大きなお皿に合う大きいものは何だろう、ってことなんです。魚もいいけど、魚だと形が単純すぎて面白くないから馬にしよう、くらいのね。
そういう意味では、蛇はとてもいいんです。画面に大きく構成できるし、動きをつけることもできる。だから、慌ててつくっているときは蛇率が高い(笑)。でもね、蛇が怖いという人もいるから、蛇を描くときは必ず「蛇と花」の組み合わせにするんです。そういう、ちょっとちぐはぐだけど気に入っている組み合わせが僕の中にいくつかあります。
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—— 今、馬の隣にも花が咲きましたね。ようやく私たちにも全貌が見えてきましたが、鹿児島さんの中では描く前からイメージができあがっているんですか?
どうだろう。僕は絵を描いているんじゃなくて、器をつくっているわけだから。馬の隣に花を描いたのは、馬につられたからかも。このほうが、何だか馬も楽しそうでしょ。あまり考えたり意識したりするといいものにならないんで、器をつくっているときは、何というか、任せています。馬、花、葉っぱ、蝶々といったモチーフのストックが僕の中にいろいろあって、それを器という画面の中に置いていく、という感じかな。
—— あえて作為的にならないようにしている、と。
極力、無作為にやりたいと思っています。そのためにも、手を動かしているときは、できるだけ気持ちをフラットにします。思い入れを持たない、といってもいいかもしれない。絵付けのときに気持ちが昂ぶって一生懸命やりすぎたものって、窯から出したとき、すごくがっかりするんです。例えるなら、カラオケで熱唱している自分の動画を後日見せられた、みたいな(笑)。まあ、しばらくしてからもう一度見たときに「こんな自分も可愛いな」と思えたらいいんですけど、やっぱり恥ずかしい。だから、自分の気分のようなものからは、なるべく距離を取るようにしています。
—— そう考えるようになったきっかけは?
陶芸をはじめてまもない頃、あるグループ展に参加したときのことです。参加作家さんとおしゃべりしていて、僕が自分の作品について「これ、よくできてるから売りたくないなあ」といってしまったんです。そしたら、大先輩の織物作家さんに激怒されまして……。
プロフェッショナルというのは自分が最もよくできたと思うものを手放していかなきゃいけない、ものづくりをする人間がそんなことをいうなんてもってのほか!とね。売場のど真ん中で「そこに正座せんか!」くらいの勢いでした。僕は、いい年をして、そうやって人前で怒られている自分がおかしくて仕方なかった。同時に、その方のいう通りだなと思いました。
だからといって、すぐに自分が気に入ったものを手放せるようにはならなくて、トレーニングが必要でした。当時の僕は会社員として働きながら陶芸をしていたから、陶芸一本で食べていく必要がなかったんです。それもあって、売れるものをつくるよりも、何か凝ったことをやりたいと考えてしまったりして。でも、そうやって気負うと却ってうまくいかない。一方で、惜しい気持ちをこらえて気に入ったものを出すと、それが真っ先に売れていく。こういうことを繰り返すうちに、フラットな気持ちでつくるのがいちばんだって気づいたんだと思います。
—— 自分の個性を出したい、と思わないものですか?
僕、個性とか自分らしさとか、必要じゃないんです。もちろん、つくり手として、過去の自分とは違うものをつくりたいと思っていますよ。最新作が自信作じゃなきゃいけないので、常に昨日よりも上手になっていなくちゃならない。でも、誰かと違うものをつくりたいというふうには考えていないんです。
学生なら、学校に行けばいろんな材料や道具、窯がそろっていて、やろうと思えば何でもできますよね。それに比べて、今の僕の仕事場には不利な条件がいっぱいあります。あの材料は手に入らない、あの道具は買えないなど諸々の事情があって、できることとできないことがある。そうやってみんながそれぞれに違う条件のもとでつくっていれば、自ずと差別化されるだろう。そんなふうに考えています。
—— そうこうするうちに下描きができあがりました。
つづけて蝋抜きをします。下描きの余白の部分に蝋を塗る作業です。この上から呉須という顔料を塗って染付にすると、蝋のない部分は藍青色に、蝋の塗られた部分は顔料を弾いて白抜きになります。さあ、蝋が乾くまで、別のお皿に取り掛かりましょう。
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(以下、つづきの見出し)
(09:46) 黒地の下絵付けをしながら
(12:39) 呉須を塗りながら
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(13:11) 黒地を削り、さらに染付を削りながら
(14:10) リビングでお茶を飲みながら
(19:39) 近所で夕ごはんを食べながら
2023年2月14日 アトリエにて
(09:05) 緑地の下描きをしながら
(09:36) 緑地の下絵付けをしながら
(10:21) 掻き落としの下描きをして、削りながら
(12:11) 緑地を削りながら
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『鹿児島睦 まいにち』
定価:2,420円(税込)
PLAY! SHOP、全国書店、版元オンライン(BlueSheep Shop)、PLAY! オンラインほかオンラインショップで販売中
著:鹿児島睦
編集:永岡綾、森田藍子(ブルーシープ)、吉田昌平(白い立体)
撮影:田附勝[表紙/制作風景]、清水健吾[作品]
翻訳:ダニエル・ゴンザレス
ブックデザイン:白い立体
印刷・製本:株式会社アイワード
発行:BlueSheep
仕様:A4変形、並製、176ページ、日英バイリンガル表記