2025年1月22日(水)、雑誌『anan』や『BRUTUS』(ともに平凡出版、現・マガジンハウス)のアートディレクションや絵本『ぐるんぱのようちえん』(福音館書店)の絵など多彩な仕事で知られる堀内誠一さん(1932〜1987)の展覧会が開幕しました。前日に行われた内覧会の様子をお届けします。
本展は、「堀内誠⼀展 FASHION・FANTASY・FUTURE」というタイトルにもある頭文字に“F”が付く3セクションごとに堀内さんの作品を紹介し、3つの堀内展を同時に体験できる構成となっています。
内覧会では、本展キュレーターの林綾野さん、展示空間をデザインしたアートディレクターの有⼭達也さん、設計事務所imaの⼩林恭さん・マナさん、PLAY! プロデューサーの草刈大介が登壇。そして、堀内さんのご長女・堀内花子さんが来賓としてお越しくださいました。
取材・執筆:宮崎香菜
会場撮影:植本一子

3つのFで紹介する、堀内誠一の仕事
草刈 「堀内誠⼀展 FASHION・FANTASY・FUTURE」は、今年開館5周年を迎えるPLAY! MUSEUMの記念すべき20回目の展覧会です。開館以来「絵とことばのミュージアム」をコンセプトに掲げており、誰にでも開かれた表現を通じて、アートの楽しさ、奥深さに触れるきっかけになるようなミュージアムでありたいと思っています。そんななかで、堀内誠一さんはアートディレクション、デザイン、絵本など多様な表現をされていて、ぜひ展覧会を開催できたらと考えていました。
キュレーションを担当した林綾野さんは、2022年に始まり、全国9カ所を巡回した「堀内誠一 絵の世界」という展覧会も企画しています。林さんは、以前PLAY! MUSEUMで開催した「柚木沙弥郎 life・LIFE」「谷川俊太郎 絵本★百貨展」なども担当しており、今回もPLAY! の特徴を活かしながら、新たな堀内展をつくっていただけないかと相談し、堀内さんのご長女・花子さんはじめ堀内事務所のご協力で実現できました。
PLAY! の特徴のひとつは、さまざまなクリエイターの方々と一緒に展覧会をつくり上げること。今回は有⼭達也さん、設計事務所imaの⼩林恭さん・マナさん、本日は出席できませんでしたが、デザイナーの三宅瑠⼈さん・岡崎由佳さんの各組に空間デザインを手がけていただきました。本日、来賓としてお招きした花子さんにまず感想を聞いてみたいと思います。
堀内花子 3年間巡回していた「堀内誠一 絵の世界」展は、林さんと一緒につくっている感覚で進めておりました。でも今回はデザイナーやアーティストの皆さんがコンセプトに合わせて形にしてくださるので、敢えて進捗状況はうかがいませんでした。今日はじめて会場を見て、そういうことだったのかとわかることもあり、嬉しかったです。特に、「FASHION」での『anan』の展示や、交流があった110人の方にご協力いただいた「FUTURE」というセクションでは、家族も驚くような発見がありました。一方で大人向きのものも出品することになっていたので、お子さんたちは展覧会をどう楽しむのだろうと実は心配な部分もあったのですが、「FANTASY」を見て、それは杞憂に終わりました。



草刈 林さんは、今回の展覧会をどのような思いで企画されたのでしょうか。
林 堀内さんの絵本と挿画を手がけた本は100冊前後あり、ひとりの人間が描いたとは思えないほど画風が違います。その変幻自在な表現方法はどこから来たものなのか。堀内さんの仕事をひとことで説明することも、またご自身が何をしようとしていたのかを掴もうとすることも、とても難しいです。ただ、私が「堀内誠一 絵の世界」を企画した際に、たくさんの原画と向き合うなかで、次第にリアリティをもってわかってきたのは、堀内さんは本を手にとる人に向けて、どういう表現がいちばんふさわしいかを常に考えていたということでした。それはデザインの仕事でも同じだったのではないでしょうか。
そこで、PLAY! MUSEUMで新たに展覧会をするならば、絵本と一緒にデザインの仕事も見てもらうのはどうかと考え、ファッション雑誌『anan』の仕事を中心に「FASHION」というセクションをつくりました。今回、「ファッション」という言葉の語源を調べてみたのですが、「洋服」「流行」のほか、「創造する」という意味があるようです。堀内さんは、『anan』の仕事に、そのような気持ちで取り組んでいたのかもしれません。当時の誌面は面白いこと、楽しいこと、皆がわくわくすることを最良としていました。堀内さんはビジュアルの部分を担当するだけでなく、読者にどう心を開いてもらえるかなど編集の方向性に関わるたくさんのことを求められていたのです。
堀内さんは戦後の大きなうねりの中で時代を切り開き、皆に新しい世界を見せていく仕事をしました。作品を回顧的に見せるのではなく、いまの時代にどう繋げていけるか。そう考えながら展覧会をつくりました。堀内花子さんのご協力でたくさんの作品を見せることができ、感謝しております。展覧会にいらした皆さんに堀内さんが残してくれた大きなものを受け取っていただけるといいなと思っています。
人間礼賛ともいうべき『anan』の誌面
それでは会場に入っていきましょう。最初のセクションは「FASHION」です。堀内さんが1970年の創刊から49号までアートディレクションを手がけた『anan』を「身にまとう」「脱ぐ」「リズムをとる」など8つのキーワードに解体して壁面に再構成しています。また、創刊1周記念号(26号)の全ページも展示されており、特集、読み物ページ、広告などバラエティ豊かな当時の誌面を一冊まるごと味わうことができます。空間デザインを担当した有山達也さんは、2002年に『anan』増刊としてスタートした『ku:nel』の創刊から2015年の75号までのアートディレクションはじめ、さまざまなエディトリアルデザインを手がけています。
有山 堀内さんが亡くなられたのは1987年。当時僕はまだ二十歳ぐらいで堀内さんのことを知りませんでした。その後、本のデザインの道に進み、『ku:nel』などマガジンハウスの方々と仕事をしていくなかで、お名前を知るようになったのですが、堀内さんの仕事は少ししか見ていませんでした。いま考えると比べられるのが怖かったのかもしれないし、あまりに大きな存在で、知ることをなんとなく避けていた面があったと思います。
当時の『anan』には、いまにはない自由な空気とおおらかさが内包されています。堀内さんのデザイナーとしての仕事はもちろん素晴らしいのですが、企画・編集全体から堀内さん自身がそのときやりたいことをやろうとしている熱を感じられるんです。いわゆるファッション雑誌ではなく、人間礼賛が詰まった雑誌だと思いました。
壁面に展示した記事は林さんが選んだものがベースとなっていて、僕がさらにそこから選ばせてもらって構成しました。残念ながらいまの時代には展示できなくて、落ちてしまったものもあります。また、一冊通して展示した26号は全部見ていくと「流れ」を無視しているというか、敢えて異なる要素をぶつけたりしているのがよくわかります。タイアップ広告も全然いまと違う。記事と同じような熱があるのです。やりたい放題とは言わないけど、クライアントも堀内さんに任せようというスタンスがあったのではないでしょうか。

草刈 雑誌のアートディレクションとはどんな仕事なのでしょうか?
有山 自分のやり方しかわからないのですが……。編集者が企画を持って来て、それをどうよく見せるかを考えるのがひとつ。また、自分でも企画を提案することもあります。堀内さんはそれが結構強くて、どんどんトライしていますね。雑誌だから実験的でいいんです。そのトライを推し進めて何を届けられるかということを、読者目線とは違うところでやっていく。それがアートディレクターの仕事じゃないでしょうか。
草刈 読者目線ではないのですね。
有山 はい。僕はそうありたいと思っています。
草刈 『anan』『BRUTUS』『POPEYE』など、堀内さんがデザインした雑誌のロゴマークがいまだにずっと使われているのはすごいですよね。堀内さんのデザインについてはどう感じられましたか?
有山 ビビッドな色使いだし、逆にモノクロページも面白いな、とかいろいろ刺激を受け、僕ももっとやっちゃっていいんだなと勇気づけられました。でも、実は今回の展示はデザインについてじっくり見せるようなものにはしていません。堀内さんの誌面は、デザインがどうか?ということとは、もっと別のものが立ち上がってくる。それはすごいことだと思います。
林 女性のための日本初の大判ビジュアルファッション誌として『anan』は創刊されたこともあって、洋服を取り上げている誌面を探そうとしたのですが、結構大変でしたよね。ファッションの記事でも映画のワンシーンのようなもの多くて。このことを、有山さんはどう受け止めましたか?
有山 洋服をしっかり見せようというのはあまり感じられず、画(ビジュアル)が飛び込んでくるのが第一で、服を見せるのは二次的なものという感じはしましたね。
ファンタジーを描いた本の中へようこそ
次の展示セクション「FANTASY」を担当したのは、設計事務所imaの小林恭さん・マナさんです。『ぐるんぱのようちえん』『オズの魔法使い』(偕成社)など9つの絵本作品の原画と世界観を大空間で楽しむことができます。
小林恭 堀内さんの表現の多様さには圧倒されましたね。世界観が違うので、作品は部屋ごとに見せるほうが内容に集中してもらえると思いました。それで、どう分けるかと考えたとき、『てがみのえほん』(福音館書店)の中に出てくるトロルが出てくる場面がヒントになりました。大男が本を読んでいる場面があり、その本が豆本くらいの大きさに見えるのが面白かった。本のスケールが変わると、絵本への接し方も変わるのではないでしょうか。会場で皆さんが小さくなって本の中に入りこんでいくような世界観を表現してみたくなりました。このセクションの展示室は大きな楕円形で、ちょうど僕たちの事務所のテーブルと同じだったので絵本を立てて、小さな人形を置いてみたんです。そしたら、すぐにこの空間が現れました。



小林マナ いま私たちも絵本の中にいるような感じがしますよね。ぜひ作品の世界に没入していただきたいですね。各セクションをひとつの展覧会として3つの展覧会が同時に開かれるというだけでも珍しい展覧会ですが、9つの絵本作品を題材にさらに世界観を細分化して見せることもできた。本当にこれは堀内さんのすごいところだなと思いました。
草刈 原画を見ながら進む迷路のようになりましたね。この楕円形の展示室は、普段は全体を一望する空間として使うことが多いのですが、imaさんによって新たな展示方法を発見していただきました。それから、堀内さんの作品についても新たな発見があったんですよね。
小林恭 そうなんです。大きな絵本として展示しましたが、堀内さんの絵は拡大してもまったく見劣りしない。すごく緻密な絵だということがわかって、拡大したことで絵具の質感などマチエールを感じることができました。
小林マナ ぐるんぱに産毛のようなものが描かれていましたね。よりゾウさんらしく見えて来ました。絵本を手に取ることができる広場もあるので、お子さんも大人もぜひゆっくり3会場合わせて3時間くらいは時間を取って楽しんでいただきたいですね。
「FANTASY」には来場者のための本棚を2箇所置いています。ひとつは『ぐるんぱのようちえん』のコーナーで、3メートルを超える大きなぐるんぱの像がある広場です。もうひとつは『てがみのえほん』(福音館書店)のコーナーで、グリム童話から、『くまのプーさん』や『ドリトル先生』(ともに岩波書店)、宮沢賢治の作品まで絵本や児童文学の名作を並べています。『てがみのえほん』とは、月刊絵本「こどものとも」の200号記念に出版されたもので、世界各国のさまざまな物語の登場人物を、堀内さんがさまざまな絵のスタイルで描いた絵本です。
林 『てがみのえほん』のコーナーの本棚には”元ネタ”となった名作を置きました。堀内さんは本当にファンタジーが好きだったということを感じられます。自分の描いたものを見てほしいというよりも、「ファンタジーの世界ってこんなに面白いんだよ」と紹介する姿勢で創作をされていた方なんですよね。実際に『絵本の世界・110人のイラストレーター』という優れた絵本作家やアーティストを紹介する書籍も出版しています。



展覧会のコンセプトは「生きる喜び」
最後のセクションは「FUTURE」です。ここでは、坂東玉三郎さん(歌舞伎役者)、四谷シモンさん(人形作家)ら生前交流があった方々、junaidaさん(画家)、松浦弥太郎さん(エッセイスト)ら堀内さんの仕事に刺激や影響を強く受けた方々110人に、作品を推薦していただきコメントとともに紹介しています。絵本の原画、雑誌の仕事、絵画、地図やたくさんの作品が並び、親交があった安野光雅さん、谷川俊太郎さんの言葉なども展示しています。



林 PLAY! MUSEUMはいまの人たちに何を伝えるかを大事にしている美術館なので、私たちが未来に進む力を与えてくれるようなセクションをつくりたかったのです。そこで、堀内さんや作品が好きな方、影響を受けたとおっしゃっている方にお気に入りの作品をあげていただきました。文脈を私たちが作ってみせるのとはまた違って、110人それぞれの視点を通して堀内さんの作品の広がりを感じていただきたいですね。
堀内花子 最初は100人に声をかけると聞いて、そんなに集まるのだろうかと思ったのですが、私も協力させていただきながら結果的に110人からコメントをいただけました。本当に感謝しています。私たち家族は、父の絵本の仕事をそばで見ていましたが、雑誌づくりには立ち会っていませんので、現場でのエピソードなど初めて知ることも多く嬉しかったです。
草刈 今回の展覧会のコンセプトは「生きる喜び」です。このセクションで展示しているのですが、谷川俊太郎さんが、堀内さんについて「私たちに遺してくれたもの、それは喜びだ」と語った言葉があって、林さんと本当にその通りだという話になりました。僕自身も堀内さんの絵本や原画を見ていると、こういうものがある世界を生きていること自体がなんて幸せなことなんだろうかと思います。皆さんにも、堀内さんは本当にたくさんの宝物を残してくれたんだということを展覧会で感じていたけたらと思います。