【絵本★百貨展インタビュー】林綾野さん(キュレーション)

「現在進行形の作家としての息吹」

PLAY! MUSEUMで開かれている「谷川俊太郎 絵本★百貨展」が4月12日(水)から7月9日(日)まで開催中です。キュレーションを担当したアートライターでキュレーターの林綾野さんに展覧会制作や谷川俊太郎さんの作品の魅力について聞きました。

取材・執筆:宮崎香菜
会場撮影:高橋マナミ
ポートレート撮影:高見知香

――谷川俊太郎さんがこれまでつくった絵本の中から約20冊を取り上げ、クリエイターと共にさまざまな表現で展示したという賑やかな展覧会ですね。

 谷川さんの絵本を展覧会で見せるならば、言葉だけ、または絵だけではなく両方が持っている要素を合わせて伝える場にできればと考えました。原画を整然と並べていく説明的な展示からは離れ、絵本を一旦解体し、それを展示として再構築するようなイメージで、絵本の世界観を体感してもらう展覧会をめざしました。

林綾野さん(キュレーター)

――完成した会場を見ていかがでしたか?

 参加したクリエイターの方々が、谷川さんの作品ひとつひとつにすごく思い入れを持って取り組んでくださり、これまでにない空間になったと思います。非常にわくわくしましたね。この展覧会のための新作「すきのあいうえお」には、写真家の田附勝さん、PLAY! プロデューサーの草刈大介さんと一緒に私自身も取り組みました。

――谷川さんに「あ」から「ん」まで好きな言葉をあげてもらい、それに写真で応えるというものですね。

 谷川さんの好きな言葉である「すき」をテーマにした新作ということで、作品のコンセプトを考えている段階から試行錯誤を繰り返しました。「すき」という言葉について考えたり、言葉とヴィジュアルの組み合わせとは、また互いが喚起し合う関係とはどういうことなのか考えたりしました。言葉に対してどんなイメージを持っているのか、言葉が持つ力の大きさを感じましたし、谷川さんが絵本で時間をかけてやってきたことに、私たち自身が改めて向き合う形になりました。この展覧会が表したい、伝えたいと思っていることとつながっていった気がします。

――実際、どうやって谷川さんの言葉をヴィジュアル化していったのですか?

 五十音、全部で45項目ある言葉のリアリティを追求していこうということで始まりました。たとえば「い」は「いるか」なんですが、できれば水族館のいるかではなく、本当に海で泳ぐいるかをイメージとして収めていきたいと考えました。写真は東京で撮ったものも、日本各地に行って撮ったものもあります。言葉について深く考え、そしてある意味振り回されながらも、言葉を楽しむ旅をしたような感じでしたね。谷川さんから受け取った言葉について、谷川さんにとってはどんなものなのか、一般的にはどんなものかなど議論を重ねてイメージに辿り着きました。

――これまで林さんはキュレーターとして絵本作家の展覧会にも数多く関わってきました。今回はなぜ谷川さんの絵本だったのでしょう?

 これまで堀内誠一さんや安野光雅さんの展覧会をさせていただいてきました。堀内さんも安野さんも、谷川さんとお親しかった絵本作家です。三人で旅行をされたこともあり、友人としても、同じ表現者としてお三方が信頼関係を持っていたことに興味がありました。別の仕事の機会で谷川さんにお目にかかる機会もありましたが、そんなことでここ数年、堀内さん、安野さんを通じて、絵本という枠組みの中で谷川さんの存在を強く感じるようになったのです。2021年、PLAY! MUSEUMで「柚木沙弥郎 life・LIFE」(2021年11月20日(土)-2022年1月30日(日))のキュレーションをさせていただいた時にも、谷川さんが文章を、柚木さんが絵を描いた絵本『そしたら そしたら』(絵・柚木沙弥郎 福音館書店 2000)の原画を展示させていただきました。はからずも谷川さんによる絵本が頻繁に目の前に現れる、そんなことが続いたんです。

草刈さんも絵本の展覧会を企画するなかで同じようなことを感じていたようで、谷川さんを中心にいろんな絵本を紹介するのは面白いかもしれないという話が膨らんでいきました。そうだ、谷川俊太郎展をすればいいんだというところまで話が一挙にジャンプしたんです。

――谷川さんに展覧会を提案したときはどんな様子でしたか? 

 展覧会に取り組むことがおおよそ決まって、草刈さんと二人で緊張してどんな展示にしたいか説明に行ったのですが、「おやりになりたいんだったら、ぼくは構いませんよ」と笑顔でお話ししてくださり、すごくほっとしたのを覚えています。

――まずはじめに展覧会をどういうものにしようと思いましたか?

 谷川さんは現役でご活躍されていますので、現在進行形の作家としての息吹を感じられるような展示にすることをまずは意識しました。こんな絵本をつくった偉大な人がいたという回顧的な形ではなく、こんな絵本をつくっていた人が、いまはこういう作品をつくっているという流れを感じさせるビビッドな展覧会にしたかったですね。

――企画を進める過程で谷川さんはどんな感想を持たれていましたか?

 例えば、『えをかく』(絵・長新太 新進 1973/1979 復刊 講談社)を絵巻きみたいに展示したいとお伝えすると、「そんなことできたら最高だね」とおっしゃっていました。展示のアイデアをご説明すると、「面白いね。あなたちがいいと思うんだったら、やってみたら」と、ポジティブに受け止めてくださり、本当に励みになりましたね。

――谷川さんはこれまで200冊くらい絵本を出しているそうですが、そこから20冊選ぶのは大変ではなかったですか?

 そうですね、200冊の絵本をかき集め、読んでいくことは大変な作業ではありました。この大きな絵本の海で何が起きているのか?それを掴んでいくことに時間をかけました。編集者の刈谷政則さんが谷川さんに絵本作りについて長年にわたってインタビューを重ねてこられ、そのテキストを読むと、制作当時、谷川さんがどういう考えで絵本をつくったか背景にあるものに触れることができました。それも手がかりにさせていただきました。そのテキストは展覧会の図録『谷川俊太郎 絵本★百貨典』で読むことができます。

今回、草刈さんと私とで、絵本を選ぶ中で、大切にしたことのひとつは、「おもしろい」絵本ということでした。それでもそれぞれの絵本が持っている時代的な意義や、表現としての特異性、エンターテインメント性などを折り合わせるような形で吟味しました。展覧会でご紹介できる数は限られているので断腸の思いで選べなかったものもたくさんありますが。

――展覧会で取り上げた絵本についていくつか教えてください。

 写真絵本『こっぷ』(写真・今村昌昭 福音館書店 1972)は、こっぷというひとつのものを、容器として、素材として、いろいろな見方を提示して、子どもたちの世界を広げていく絵本です。谷川さんはこういう絵本を「認識絵本」と呼んでいます。展覧会では、アートディレクターの柿木原政広さんによるインスタレーションで紹介しています。

 また、『ぴよぴよ』(絵・堀内誠一 ひかりのくに 1972/2009復刊 くもん出版)のような、「オノマトペ」の絵本では、言葉を認識する前の子どもたちにとって言葉の音(おん)がどういう役割を果たしているか、谷川さんの言葉と絵本に対する試行錯誤が浮かび上がってきます。今回20冊のうち5作品は、アートディレクター、デザイナーのminnaが原画を軸に展示デザインしているのですが、『ぴよぴよ』はそのひとつです。

ほかにも、原画の展示がされている絵本では、タイガー立石さんが絵を担当した『ままです すきです すてきです』(絵・タイガー立石 福音館書店 1986)も個人的に思い入れがあります。タイガー立石さんは私自身、もともと好きな作家で1960年代から活躍していた前衛画家です。谷川さんがそういう作家さんと組んで、新しいことをやっていたという、時代における最前線感が面白いですよね。

――谷川さんの作品の魅力とはどんなところにありますか?

 谷川さんは、言葉を通じて、私たちが生きている実感を深めていけるようなヒントをたくさん投げかけてくれています。生きていると良いことも悪いこともありますが、それでも世界は美しい、そんな肯定的な気持ちが作品の中にちりばめられているように感じます。同じ時代に生きる私たちに、より楽しく面白く、前向きに生きてほしい――そんなまっすぐな気持ちや強さを作品から受け取ることができます。いまの人たちがどう感じているか、時代を見据えてその都度新しいものを作品に織り込み、生きた表現に挑戦し続けているのも大きな魅力ですね。

そのビビッドなライブ感を展覧会にも持たせたい。谷川さんが伝えたいことを自分たちが受け取り、次の世代にバトンをつないでいくように渡さなきゃという気持ちもありますし、展覧会がそういう場になるきっかけになってほしいですね。

――最後に、お客さんには展覧会をどう楽しんでほしいですか?

 ここで出会った驚きや発見を持ち帰って、物事の見方を変えたり、広げてもらえたら嬉しいですね。そして、ぜひおすすめしたいのは、先ほど紹介した新作「すきのあいうえお」を自分でもやってみること。「すき」について考えていただき、普段、自分が持つイメージをどう言葉として表しているのか、逆に自分の言葉はどんなイメージなのか。言葉の面白さ、楽しさを感じるとともに、「すき」にまつわる意識していなかった自分の意外な気持ちを発見できると思います。

林 綾野(はやし・あやの)

キュレーター、アートライター。アートキッチン代表。展覧会の企画、美術書の執筆などを手掛ける。企画した展覧会に「おいしい浮世絵展」(2020年)「堀内誠一絵の世界展」(2021年より巡回)など、著書に『画家の食卓』(講談社)、『浮世絵に見る江戸の食卓』(美術出版社)などがある。

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