建築家、グラフィックデザイナー、アーティスト。PLAY! には、たくさんのクリエイターたちが関わっています。そんなクリエイターの皆さんに、PLAY! の舞台裏の話を聞くインタビューシリーズです。
PLAY! MUSEUMで開催中のアーノルド・ローベル展。会場には「がまくんとかえるくん」シリーズをはじめ、多彩な作品の原画を楽しむための工夫がたくさんあります。「すべてはローベルさんの肉筆の感じを愛おしいと思ってもらうため」と話すPLAY! プロデューサーの草刈大介さんに、展覧会の楽しみ方を聞きました。
撮影: 高橋マナミ
会場の前半でローベルさんのことを知る
―会場構成は大きく前半と後半にわかれます。まず前半の展示についてポイントを教えてください。
草刈 前半では「がまくんとかえるくん」以外の作品を紹介しています。ふつうの原画展では絵本が作られた年代順や、作品の特徴ごとに並べるものですが、この展覧会ではアーノルド・ローベルという作家本人の考え方や生き方を軸に原画をグルーピングしています。
原画だけではなく、ローベルさんの写真や肉声、家族と一緒に作ったホームビデオもあります。後半のがまくんとかえるくんの世界に入る前に、その生みの親であるローベルさんについてまず知ってもらいたいのです。
―それはなぜでしょう。
草刈 とてもすてきで面白い人だったからです。展覧会の準備のためにローベルさんの子どもたちにインタビューをして「大好きな父さん」の話をたくさん聞きました。病気がちだった少年時代から大変な道を歩んだけれど、絵を描くことがとても好きで、家族とすごす時間も楽しみ、54年の生涯をめいっぱい生き抜いた人なんです。
―「がまくんかえるくんを作った人はこんなにすてきで、ほかにもこんなお話を作っていた」ということがわかるわけですね。
草刈 そう。がまくんとかえるくんシリーズは、ローベルさんが絵本作家として脂がのりはじめた頃の特別な作品ですが、そこにたどり着くまでにはたくさんの豊かな作風、さまざまなチャレンジがありました。前半でそんなローベルさんのことを知ってから後半のかえるくんがまくんを見ると、もっと親密で愛おしい気持ちになれると思うんです。
―前半を楽しむ、おすすめの見方があれば教えてください。
草刈 もしも僕の友だちに「どうやって見たらいい?」と聞かれたら、まず中盤にあるローベルさんの肉声を聴くことをすすめます。次にローベルさんと家族がおどけているホームビデオを見る。それから原画をたどって、ローベルさんがどれだけ楽しんで絵を描いていたかを感じる。そうするうちに、皆さんのなかに等身大のローベルさんが立ち上がってくると思います。
後半は「がまくんとかえるくん」だけの世界
―前半でローベルさんのことを知って、いよいよ後半。がまくんとかえるくんの世界です。
草刈 トンネルをくぐって中央の空間に入っていくと、少し暗くなっていて、音楽も聴こえてきます。とてもオーガニックで胎内みたいな空間を見渡すと、そこらじゅうにがまくんとかえるくんの絵があります
―前半と後半で雰囲気がかなり変わりますね。
草刈 建築家の齋藤名穂さんが設計した、だんだん小さな世界に入っていくトンネルの効果もあります。来場者の皆さんもこの先に何があるかわかっているから(笑)、期待感とともに自分自身に魔法をかけていく感じですね。
―もちろん自由に見ていいわけですが、あえて、後半おすすめの見方があれば。
草刈 僕のおすすめは、最初に「おてがみ」のパネルを見てお話を知ること。それからシリーズ第一話の「はるがきた」の原画を見る。そのあとレイアウト(編集用の下書き)や、気になる作品をおさえたら、アニメーション作品「一日一年」を見てください。それから、また原画に戻ったり、朗読を聴いたり、自由に。
―最初の「おてがみ」のパネルとは、一話分のお話を収めたものですね。
草刈 展示を計画する時から、一話でもいいからお話を読んでもらいたいと思っていました。お話を知って絵を見ると気持ちも変わる。朗読を聴くコーナーを設けたのもそのためです。
―アニメーション「一日一年」については。
草刈 皆さんは今回、がまくんとかえるくんが動いているところを初めて見ることになります。でも、もともと知っていたかのような気持ちになるはず。アニメーションが絵本からあまり離れないように、加藤久仁生さんがその世界観に入り込んでふたりの表情や動きを丁寧に作ったからです。これを見てから原画に戻ると、その解像度がより鮮明になるというか、新しい次元で見られると思います。
図録について
―ところで、展覧会の図録について教えてください。展示内容をまとめたオーソドックスな図録と違って、ローベルさんの子どもたちのインタビューや年代順の著作リストなど会場にはない情報も満載です
草刈 伝えたいことがたくさんあって、でも会場のなかでは情報が多すぎると処理しきれないし、来場した皆さんも自分が見たものを持ち帰りたくなるんじゃないかと思ったんです。そこで図録の機能を拡張させて、ローベルさんの人となりがわかるボリュームを増やし、「アーノルド・ローベルの決定版」にふさわしく手の込んだ本になりました
―図録では「がまくんとかえるくん」から始まります。
草刈 図録はどこから見てもらってもいいので、会場とは構成を変えました。意欲的な来場者にとって「こういう本がほしいな」と思うものを用意できたと思います。たくさんの人が手に取ってくれて、それが伝わっているのはうれしいですね。
図録について詳しくはこちら
50年前の作品が教えてくれること
―最後に。子どもの頃に教科書で出会い、あれから大人になった私たちが「がまくんとかえるくん」に再び会うべき理由は何でしょうか。
草刈 50年前の作品の、あえて“古臭さ”という意味では、情報が少ないことなんです。まず色の数が少ない。色の選び方もどちらかといえば地味ですよね。文字も少ない。三木 卓さんによる翻訳は子どものことを一生懸命考えたすばらしい訳ですが、文字量だけでいえば一話分の10数ページなんて、スマホの数スクロール分です。 では情報量が少ないかわりに何があるかといえば、それは余白なんです。絵も、文字も、何もかもがゆったりしている。まったくのんきですよ(笑)。今の時代にはない贅沢さだと思うんです。
『ふたりはきょうも』(1979)表紙下絵Courtesy of the Estate of Arnold Lobel. © 1979 Arnold Lobel. Used by permission of HarperCollins Publishers.
だから急いでいたらがまくんとかえるくんを読むことはできない。わからなくなってしまうから。そうではなくゆっくり、ゆったり歩くように読んでいたら、いつの間にかトンネルをくぐって、がまくんかえるくんのそばで物語を楽しんでいた、というような。あの絵本にはもともとそういう効果が備わっていて、大人になった僕たちに改めてその大切さを教えてくれるんです。
草刈 大介 (PLAY! プロデューサー )
朝日新聞社を経て2015年にブルーシープを設立。展覧会や出版の企画、美術館経営などに携わる。PLAY! プロデューサー、スヌーピーミュージアムのクリエイティブ・ディレクター。近年の展覧会に「シンプルの正体 ディック・ブルーナのデザイン」「世界を変える美しい本 タラブックスの挑戦」「ルート・ブリュック展」「美と、美と、美。資生堂のスタイル展」「tupera tuperaのかおてん.」、書籍に『フェルメール』『はじめまして、ルート・ブリュック』『PLAY! MAGAZINE』『かおPLAY!』など。