「みみをすますように 酒井駒子」展に合わせ、絵本作家の酒井駒子さんを担当した編集者を、らびが訪ねてインタビューする「しあわせの編集者」の第4回です。
今回は、雪の日のうさぎの母子を描いた『ゆきが やんだら』(2005年)を担当した学研プラスの木村真さんです。この絵本は酒井さんの絵本のなかでも欧米で高い評価を得ている一冊。実は酒井さん、最初の構想では別の姿の主人公を考えていたようです。
取材・執筆:らび
こんにちは、らびです。
みなさんは、本の奥付を読んだことがありますか?
本の末尾に、作者や出版社、出版された年などの情報が印刷されているページがありますね。あそこです。
今回取材した絵本『ゆきが やんだら』の奥付の一部を抜き書きしてみましょう。
2005年12月8日 第1刷
編集:トムズボックス
初出:月刊保育絵本<おはなしプーカ>2004年12月号『ゆきがやんだら』
トムズボックスというのは、この連載の初回で紹介したフリーの絵本編集者の土井章史さんの編集プロダクション。土井さんが経営する絵本専門店の名前でもあります。つまり、この絵本の編集には土井さんがかかわっているということです。
「おはなしプーカ」というのは、幼稚園・保育園向けに届けられていた学研の月刊保育絵本です。いろいろな人気作家の新作が月替わりで読める絵本の月刊誌です。その雑誌の2004年12月号に掲載され、ほぼ1年後の2005年12月に単行本として改めて出版されたことがわかります。
「12月らしいお話を」
そのあたりの事情をよく知っているのが木村真さんです。というのも、木村さんは「おはなしプーカ」の編集長を務めていましたから。
「『おはなしプーカ』で紹介する絵本作家の幅を広げたいと思い、社外の編集者として土井さんにも加わってもらっていました。もちろん編集長の僕も一緒にラフ(絵本原稿の下描き)を見ていたのです」
土井さんは酒井駒子さんの絵本作家デビューを後押しした編集者として知られていました。ですから、土井さんを通して酒井さんに依頼するという流れになったのです。木村さんはこう振り返ってくれました。
「駒子さんには『12月号への掲載になりますから、それにふさわしいお話を自由に考えてください。ただし、サンタクロースのお話は避けてください』とお願いしました」
えっ。サンタはだめなのですか?
「全国の保育園・幼稚園を通して読者に届けられており、仏教系のお寺が経営している園も多いじゃないですか。だからキリスト教につながるサンタクロースはNGなのです。今はそれほど気にされなくなっていますが」
木村さんは酒井さんより2歳若いのだとか。同世代という仲間意識もあって、デビュー作『リコちゃんのおうち』(1998年、偕成社)から酒井さんに注目していました。デビュー当時には酒井さんの個展がトムズボックスで開かれており、どこかヨーロッパ的な憂鬱を感じさせる画風に木村さんは惹かれていたといいます。
最初は男の子の姿
木村さんのここまでの話で、冬の雪の日に園の送迎バスが動けなくなったという場面設定は納得です。
でも、なぜうさぎの母子なのでしょう?
「実は、一番初めに駒子さんから届いたラフでは、主人公は人間の男の子の姿でした」
たとえば、ベランダでこっそり雪のお団子をつくっている姿。雪の中に駆け出していく後ろ姿。いずれも幼い男の子でした。それこそ、保育園や幼稚園に通っているような年ごろです。当初は人間の男の子のお話だったのです。
「男の子のラフを見て、僕と土井さんで『かわいいな。すごくいいじゃない』と話し合っていたら、駒子さんから絵を変更したいと連絡がありました。『人間の男の子の姿だとなまなましいかな』という理由でした。うさぎの男の子にしたのは、駒子さんの勘みたいなものが働いたからだと思います」
しばらくすると、うさぎに描き改めたラフが届きました。木村さんと土井さんが両方を見比べて、うさぎ案を採用することにしたのです。
らびはうさぎと暮らしています。うさぎは女の子のイメージで語られることが多いのですが、接してみると幼い男の子のような実にやんちゃな生き物です。
特にオスうさぎは、臆病なくせに好奇心が旺盛。こちらが目を離しているすきに家具をかじったかと思うと、そばに来てべったり甘えます。ですので、甘えん坊で怖がり、そして知りたがり屋の男の子のお話には、うさぎはぴったりだと思います。
それに、擬人化され世界中で愛されているうさぎの絵本は多いですよね。すぐ後で触れますが、『ゆきが やんだら』は翻訳され海外でも高く評価されています。擬人化することで、普遍的な子どもを描いた読み物になったのではないでしょうか。
オランダ、アメリカで相次ぎ受賞
『ゆきが やんだら』が出版された2005年は、酒井さんが国際的に飛躍した年でもありました。その年のブラチスラバ世界絵本原画展で『金曜日の砂糖ちゃん』(2003年、偕成社)が金牌賞を受け、翌2006年には『ぼく おかあさんのこと…』(2000年、文溪堂)がフランスでPITCHOU賞を取ったのです。
外国の出版社から翻訳の問い合わせが相次ぎ、木村さんによると『ゆきが やんだら』はこれまでに11の国や地域の外国語に翻訳されています。そして2009年には、オランダとアメリカでそれぞれ大きな賞を受けることになりました。
ひとつは、オランダ書籍宣伝協会(CPNB)の「銀の石筆賞」です。
オランダは、うさこちゃん(ミッフィー)の絵本で知られるディック・ブルーナさんを生んだ児童書大国のひとつです。その国で年間に出版されるたくさんの児童書や絵本のうち、書籍団体であるCPNBが特に優れたものを選び出し、毎年表彰しているのです。
子ども向けの本に贈られる賞ですから、文章と挿絵がそれぞれ審査の対象になります。「石筆賞」は素晴らしい文章の絵本や児童書に贈られる賞。「絵筆賞」が優れた挿絵に対する賞です。審査委員会はまず何冊かの本を「銀の石筆賞」と「銀の絵筆賞」に選び、そのなかから最優秀賞にあたる「金の石筆賞」と「金の絵筆賞」を決めるという流れです。
酒井さんの『ゆきが やんだら』は現地の翻訳家によって『Sneeuw!』(雪!)と訳されて2009年に出版されています。同年の「銀の石筆賞」選出を受けた現地オランダでの書評を読むと「言葉を選び抜き、うさぎの男の子にとって特別な雪の一日を活写している」と高く評価されています。
実は酒井さんは2006年にも「銀の石筆賞」を受けています。『ぼく おかあさんのこと…』を翻訳した『Mama, jij bent de liefste』(ママ、大好き)が受賞作です。また2014年には『はんなちゃんがめをさましたら』(2012年、偕成社)を訳した『Als iedereen slaapt』(みんなが眠っているあいだに)で、佳作にあたる賞も受けました。
オランダで受賞を重ね、酒井さんは絵本の大国で最も知られた日本人作家のひとりに数えられています。これは本当に素晴らしいことです。
もうひとつの栄誉は、米国ニューヨーク・タイムズ紙2009年「最も優れた絵本ベスト10」への選出です。
ほろ苦い孤独感
米国版は『The Snow Day』(雪の日)というタイトルです。ニューヨーク・タイムズの書評を読む限りでは、女の子うさぎと母親のお話として翻訳されているようです。
それはともかく、書評の筆者はベランダで子うさぎが母親に語りかける「ぼくと ママしか いないみたい、せかいで。」というせりふに心酔しているみたいですね。
「なんという、ほろ苦い孤独感。雪に覆われた世界では、今までにない新しい感覚が呼び覚まされる一方で、世の中から切り離され、一人ぼっちになっていくようにも感じられるのです」と、やや興奮気味に評しているからです。
オランダ、米国の批評家はどちらも、お話の舞台が「団地」という点に注目しています。
オランダの美しい雪の風景のなかではなく、雪が降り続くコンクリートのアパートの中での物語だと指摘されていますし、米国では「主人公は3階建ての小さなアパートに暮らしており、物語の世界は暗く、重々しく、目立った感情の起伏も、大きな変化も訪れない」などと書かれています。
こうした評を読んでいると、思い出すのは三好達治の「雪」という短詩です。
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
山里の茅葺屋根の家が似合いそうな遠い日の雪の情景。そんな静かな時の流れが、大都市郊外のコンクリートの団地を舞台にした現代の物語として、酒井さんの絵本では表現されています。
実際のところ、酒井さんは「10歳まで団地で暮らしていた」と自らエッセーに書いており、それを受けて木村さんはこう言いました。
「この絵本には、駒子さんの団地暮らしの記憶が込められているのでしょう。駒子さんが感じたであろう孤独感や雪の日のしんとした空気感に満たされています。団地というのは、とても日本的な住環境だと思うのですが、そこでの物語を世界各国の読者に共感してもらえる駒子さんの力はすごい。改めてそう感じますね」
木村さんのお話を聞いていると、海外での評価は翻訳家の力量にも左右されかねません。原作を担当した編集者として、翻訳にはどのようにかかわるのでしょうか?
「絵本の翻訳は難しく、どのような言葉を使うのかをすべてチェックしきれません。その一方で、絵本には絵があるので、それほどおかしな解釈はされないだろうという安心感もあります。ですから、専門家に任せるしかありませんし、現地の出版社などとの信頼関係で進めています。もちろん、翻訳本が大きな賞を受けるとうれしいですよ」
木村さんが説明してくれた米国版の表紙を見ると、あれ、どこか違うような。
そうです。窓の外をながめる子うさぎが逆を向いていますね。右向きなのです。
「アメリカのアートディレクターから『デザイナーの要望で、表紙の絵を反転させたい』と連絡があったのです。翻訳出版は基本的にはこちらのデザイン通りにしてもらうのですが、駒子さんに相談したら『いいですよ』ということなので、OKを出しました」
決め手は絵の力
海外での高い評価はもちろん、お話を紡ぎ出す酒井さんの文章の力によるのですが、絵の力を抜きにして語ることはできません。
木村さんはこう指摘します。
「絵本で海外の読者に訴えるには、まずは絵です。僕も海外のブックフェアに出かけていろいろ見てきますが、手に取るかどうかの決め手はやはり絵ですね。漫画のような絵は海外では軽く見られがちで、画力のしっかりしている絵本作家が注目されます。日本人だと安野光雅さんが筆頭格です。駒子さんも絵が高く評価されている一人ですね」
木村さんの言葉を裏付けるようにオランダ、アメリカの書評はともに酒井さんの画力をたたえています。
「この絵本で酒井駒子は『銀の石筆賞』を受けているが、『銀の絵筆賞』受けても不思議ではなかった」というのはオランダの論評です。米国でも「重々しさを感じさせる絵筆の跡とオイルペンシルによって、うさぎの母子が動き出す」などと評されているのです。
ところで、先ほど酒井さんには団地にまつわるエッセーがあると紹介しましたね。そのエッセーは『Pooka⁺ 酒井駒子 小さな世界』(2008年)に収録されており、編集には木村さんも深くかかわっています。絵本雑誌「Pooka」から生まれてきた本だからです。
木村さんはこう説明してくれました。
「雑誌で紹介したなかから人気の絵本作家を特集した単行本です。『よるくま』(1999年、偕成社)、『ロンパーちゃんとふうせん』(2003年、白泉社)、『ビロードのうさぎ』(2007年、ブロンズ新社)など、ほかの出版社から出た絵本の原画やラフスケッチを駒子さんからお借りして掲載しました。『お人形さん』という描きおろしの絵本も載せています」
ページをめくっていくと、絵本の構成やページ割を決めるために鉛筆などで描かれたラフスケッチや酒井さんへのロングインタビューも掲載されています。「17のとき家出をして、絵本の中でもよく家出をしている」というちょっと気になるテキストも載っています。とても貴重な本なのですが、絶版になったのは残念なことです。
さて、1968年生まれの木村さんは、幼稚園のころから絵本に夢中になりました。
「1972年か1973年ごろでした。堀内誠一さんらの作家が競うように優れた絵本を発表していた時代です」
そのようにして絵本と過ごした少年の日々には今も続きがあります。出版社に入り、絵本編集者の道を30年近く歩んでいるのです。
「絵でも訴えることができるから、絵本は言葉の壁を越え、時代も越えていきます。作家から届いた絵本の原稿をだれよりも早く目にする時の高揚感。とてもいいですよ。やっぱり続けていきたいですね」
わくわくする仕事をずっと続けられるなんて、木村さんは「しあわせの編集者」ですね。
らび
自ら「らび」と名乗っている初老のおじさんです。うさぎが好きで「ぼくは、うさぎの仲間」と勘違いしているからです。ディック・ブルーナさんを尊敬しています。著書に『ディック・ブルーナ ミッフィーと歩いた60年』 (文春文庫) 。