PLAY! インタビュー 「しあわせの編集者」⑥岩崎書店 堀内日出登巳さん

死のにおいに満ちた豊かな生命力。穂村弘さんと酒井駒子さんの世界観が共鳴する絵本

「みみをすますように 酒井駒子」展に合わせ、絵本作家の酒井駒子さんを担当した編集者に、らびがインタビューする「しあわせの編集者」の第6回です。

今回は『まばたき』(2014年)を担当した岩崎書店の堀内日出登巳(ひでとし)さんを訪ねました。酒井さんが絵を担当したなかでもとりわけ個性的な絵本です。歌人の穂村弘さんが選び出したシーンに酒井さんが絵で応じ、独特の作品世界がつくられています。構想の段階から一冊の本になるまでのスリリングなやりとりを、堀内さんにうかがいました。

取材・執筆:らび

岩崎書店 堀内日出登巳さん

こんにちは、らびです。
今回取材した『まばたき』は、言葉にして伝えるのが難しい絵本です。構成上は5つの短編からなっています。でも、それぞれがどんなお話なのかを説明するのは容易ではありません。そもそもこの絵本を、5つの短編集と呼んでいいのかどうかもわかりません。
絵本に書かれているのは次の文字だけです。

しーん
カチッ
はっ
ちゃぽん
「みつあみちゃん」

そして、文字の隣に絵があります。
めくると、白紙のページとその隣に絵。前のページとよく似ています。
さらにめくると、また白紙のページの隣に前の2枚と似ているのだけれども明らかに違う絵があります。
これが5回繰り返されるのです。
描かれているのは蝶と花、鳩時計、猫と鼠のおもちゃ、紅茶カップ、少女とおばあさんです。

時間の流れを絵本にしたい

『まばたき』(岩崎書店、2014年)

この絵本の表紙を見てみましょう。女の子のアップの顔の下にタイトルがあり、穂村弘作 酒井駒子絵とあります。
文と絵がかかれている絵本の作者は「文・絵」と紹介されたり「作・絵」と紹介されたりします。「この絵本の場合は、やはり作がふさわしいと思います」と堀内日出登巳さんは話してくれました。「穂村さんがつくったのは文だけではありません。構成を含めて、絵本全体のコンセプトを穂村さんが考えたのです」

穂村弘さんというのは改めて紹介するまでもありませんね。現代短歌を代表する歌人のひとりで、評論家、随筆家、絵本翻訳者としても活躍しています。

穂村さんと堀内さんは、2006年から翌年にかけ岩崎書店から出版された『めくってびっくり短歌絵本』の5冊シリーズで一緒に仕事をしています。近現代の歌人の代表作を穂村さんが選んで解説を書き、5人の画家がそれぞれ1冊ごとに絵を描いた絵本です。編集作業を通じて話を重ねていくと、穂村さんは酒井さんと絵本をつくりたいと考えているのがわかりました。

2007年ごろというのは、酒井さんが文も絵も手がけた『金曜日の砂糖ちゃん』(偕成社、2003年)、『ロンパーちゃんとふうせん』(白泉社、2003年)、『ゆきが やんだら』(学研プラス、2005年)などの自作絵本が相次いで出版され、国内はもちろん海外でも高い評価を受け始めていました。
「そのころは『酒井さんと仕事をしたいと思わない絵本編集者は絵本編集者にあらず』という感じでしたね。すべての絵本編集者のあこがれでした」と堀内さんは振り返ります。

「酒井さんが絵を引き受けてくださるような決定的な提案をして、ぜひ絵本を一冊つくりたい」。穂村さんと堀内さんの思いは重なり合い、『短歌絵本』シリーズの編集を終えたころから本腰を入れて企画案を練り始めました。

あるとき、穂村さんがこういう提案をしたといいます。
「ぱっと時計の秒針を見たら、とまっていると思ったのだけれども、やはり針は動いていた。そういう瞬間を絵本にしてみたい。その絵を酒井さんに描いてもらえないだろうか」

一瞬の出来事のように見えながらも、一話一話にそれぞれ時間の流れが違っている。そんな時間の流れを絵本で表現する構成を穂村さんが練り上げていくことになりました。

不穏な死のかおり

打ち合わせを進めていたときに、穂村さんが「死のかおり」と何度か口にするのを堀内さんは耳にしています。『金曜日の砂糖ちゃん』の最後に収録されている「夜と夜のあいだに」など少し不穏な雰囲気の作風に穂村さんが惹かれているのもわかりました。

「『酒井さんの絵本には、少し死のかおりがする』と穂村さんは言い、そこに酒井さんの作風の本質があると感じていたようです。『そうした本質を引き出すような絵本にしたい』とも話していました」

穂村さんは酒井さんの作品世界における「死」について、今も考え続けているようです。というのも、雑誌「フィガロジャポン」2021年7月号に「みみをすますように 酒井駒子」展図録の書評を寄稿しており、そのなかで「死」についてこう触れているからです。

「酒井駒子の絵の中には、その逆の、命の瞬間が満ちている。命の王国。ということは、そこには死が満ちていることになる」

さらに穂村さんはぬいぐるみ、人形、オモチャという命をもたないはずのものたちが、酒井さんの絵の世界(酒井ワールド)では、いかに生き生きと描かれているかについても筆を進めています。

「例えば、子どもの手の中にある時、ぬいぐるみたちはおかしなことになっている。無造作に持たれて逆さまにひっくり返っていたり、ぎゅっと抱き締められすぎて顔が空を向き、怖い目つきになっていたり」
そうして、こう締めくくります。
「酒井ワールドでは、ぬいぐるみたちにも生き生きとした命が与えられている。彼らもまた死ぬことができるのだ」

どうやら穂村さんにとって、命と死は相反して個別に並び立っているものではないようです。一日のなかには、昼があり、夜が訪れ、また朝を迎えるという緩やかで着実な移り変わりがあるように、命と死は同じ水脈でつながっています。そして合わせ鏡をのぞき込むように、命と死はお互いを見つめあっています。

穂村さんはそうした「死に満ちた命の王国」を酒井さんに描いてほしかったのです。

言葉はないほうがいい

話し合いを重ねて絵本の基本的な構成は固まりました。
まず、見開きのページを2回めくるようにします。最初の絵と2枚目の絵は同じ絵を描きます。そして3回目に開いた見開きページでは違った絵になっている。これを5回繰り返すのです。

考えてみれば、短歌は「五七五七七」という五句三十一音の構造をもつ文芸です。歌人である穂村さんが絵本づくりの構造を考えることから始めたのは、短歌が構造に支えられた表現であることと関連があるのかもしれません。

それはともかく、穂村さんはこうした絵本づくりのコンセプトと合わせて戯曲のト書きのようなテキストを酒井さんに示す提案をしました。たとえば「とまっているちょうちょ」、その次は「1場面目と同じ状態」、そして「飛びたつ」というような短い文章です。

酒井さんにはテキストから連想する絵を自由に描いてもらうことにしました。その絵のページには文字を入れずに出版したい。これが最初の穂村さんの構想でした。つまり、穂村さんはもともとこの絵本には文字はいらないと考えていました。字のない絵本のような構成だったわけです。

「歌人で言葉に対する感度が高い穂村さんだからこそ、言葉をそぎ落としたかったのだと思います」。堀内さんは穂村さんの思いをこのようにおもんぱかっています。

「ただ、読者の側に立つと、ほんの一言でも言葉があるだけで想像の世界は広がるのではないかと考え、私の方から穂村さんに『ちょっとだけ絵本に文章を入れてください』とお願したのです。読み聞かせなど、絵本は言葉にして読まれることがあり、言葉の響きも重要だと考えました」と堀内さん。

最終的には絵本の基本コンセプト、ト書きのようなテキスト、そして絵本に載っているごくごく短い言葉を酒井さんに示し、絵が出来上がってくるのを待つことになりました。

ただし、最後の「みつあみちゃん」だけは違います。
酒井さんの絵を見てから、どんな言葉にするのかを穂村さんが考えることにしたのです。ですから、ほかの4編は言葉が先にでき、後から酒井さんの絵が出来たのですが、「みつあみちゃん」は酒井さんの絵から穂村さんが思いを巡らせ、生み出した言葉なのです。

また、猫のお話はもともと別のテキストを酒井さんに示していたそうです。堀内さんはこう振り返りました。

「最初に穂村さんが提示したのはくしゃみのお話でした。くしゃみしそうなところから始まりページをめくっていくと、くしゃみをしている。そんな展開を考えていました。『はっ』という言葉はそのままでした。その後の穂村さんと酒井さんとのやりとりで、動物の方がいいということになりました。動物ならば酒井さんは猫が好きなので、猫に落ち着いたのです」

PLAY! MUSEUMでの展示風景(撮影:吉次史成)

「役者がそろったな」

提案から数年して、酒井さんから原画が届きました。本文の絵が15枚。表紙と裏表紙用の絵。それから、表紙を開いて最初に出てくるページ(扉)と最後のページに使われている線画が1枚ずつ。合わせて19枚です。
ここから本にしていく作業の始まりです。

ブックデザインを担当した名久井直子さんを中心に、酒井さんの原画そのままの大きさで絵本にしていくことが決まりました。原画の味わいをいかすためです。表紙のどこに書名や作者の名前を入れるのかを考え、絵本全体の構成を決めていきます。その過程で、扉と最後のページの線画の順番を入れ替えることになりました。

『まばたき』の絵本を開くと、扉には目をつぶった顔の線画があり、最後のページには目を開けた線画が掲載されています。酒井さんの原案では逆で、開いた目から始まり目を閉じて終わるという構成でした。でも、まばたきという動作ならば、閉じた目から始まるのがより自然なのではというのが穂村さんの提案でした。穂村さん、酒井さん、名久井さん、堀内さんの4人で話し合い、酒井さんも「そのほうがいいかもしれません」と変更が決まったのです。

PLAY! MUSEUMでの展示風景(撮影:植本一子)

それから、名久井さんからはとてもすばらしいアイデアが出されました。表紙のタイトル、作者名のほか

しーん
カチッ
はっ
ちゃぽん
「みつあみちゃん」

という言葉をすべて活字ではなく「書き文字」にして、大川おさむさんにお願いしようという提案です。

『まばたき』には奥付などのほかには活字は使われていません。一見すると活字のような文字は、すべて「書き文字の名手」と呼ばれる大川さんの手書き文字なのです。

「そもそも、この絵本では読者の目に訴えてくる字面の印象がとても大事だということになったのです。活字を使うとクールで冷やか、無機質な感じばかりして、絵本の情感が伝わってこない。そこで、活字に見えるのだけれども、実は一文字一文字を手で書いていくことにしたのです。どこにでもありそうだけれども、実はどこにもない文字。それによって、この絵本全体に漂うありそうでない雰囲気を表現することができました。

名久井さんの提案で大川さんの文字が出来上がったときに、『あっ、これで役者がそろったな』と感じ入ったものです」
振り返る堀内さんの声は弾んでいました。

微妙な肌の色を表現

そしていよいよ印刷です。
『くまとやまねこ』での印刷でも活躍したプリンティングディレクターの佐野正幸さんが特にこだわったのは、みつあみちゃんとおばあさんの肌の色でした。「最後までなかなか決まりませんでした」。そばで見ていた堀内さんは記憶をたどってくれました。

『まばたき』原画(岩崎書店、2014年)

この絵の前に置かれている2枚の女の子については、みつあみにした髪の毛のふくらみや、わずかにほんのりしたほほの色合いなどで生き生きと表現することに決めていました。一方、おばあちゃんについては、あまり生命力を感じさせないように佐野さんは何度も試みていたのだそうです。

「生き生きとしすぎない、それでいて生命力を感じさせる肌の色。さらには死まで予感させるような色合い」。こう堀内さんが指摘する色による複雑な表現は、まさに立体感のある色使いにつながっていきます。

佐野さんはこの絵本の出発点のひとつとして、穂村さんが言う「死のかおり」を感じ取っていました。それを表現するためには、酒井さんの原画の色調をわずかにかえて印刷してみてもいいのではないかと、佐野さんは考えていたようです。

最終的な決定は印刷工場まで持ち越されました。
静岡県沼津市にある印刷工場に酒井さん、佐野さん、堀内さんが集まり、現場で刷り出されるカラーの試し刷りを見ながら全員で色調を決めていったといいます。

「みみをすますように 酒井駒子」展には、もちろん『まばたき』の原画が展示されています。会場で絵本と原画を見比べてみるのもいいかもしれません。

絵本『まばたき』の構想を練り始めてからすでに10年以上の年月が経ちました。いま堀内さんは振り返り、あの絵本は穂村さんが酒井さんの本質をつかむべく挑んだ意欲作だったとしみじみ感じます。

「あのころの記憶を思い出してみると、いろいろありました。でも、どれも至福の瞬間でしたね。そしていま、こうやって酒井さんのことを担当編集者として語れます。『うれしい』の一言です」

至福の時を過ごせた編集者だなんて、堀内さんはしあわせ者ですね。

らび
自ら「らび」と名乗っている初老のおじさんです。うさぎが好きで「ぼくは、うさぎの仲間」と勘違いしているからです。ディック・ブルーナさんを尊敬しています。著書に『ディック・ブルーナ  ミッフィーと歩いた60年』 (文春文庫) 。

                            

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