PLAY! インタビュー 「柚木沙弥郎 life・LIFE」キュレーター 林綾野さん

柚木さんは新しいことや今という時代に常に心を開いている

PLAY! MUSEUMで開かれている「柚木沙弥郎 life・LIFE」(会期は2022年1月30日(日)まで)の展示などキュレーションを担当したアートライターでキュレーターの林綾野さんに、らびがインタビューしました。

取材・執筆:らび
撮影:平野太呂

林綾野さん

― 染色家であり版画家、そして絵本作家と幅広く活躍するアーティスト柚木沙弥郎さんの楽しい展覧会ですね。

 もともとは、柚木さんの絵本の展覧会をやってみたいなと思っていました。まど・みちおさんの詩に、柚木さんが水彩絵の具で絵を描いた絵本『せんねん まんねん』(2008年、理論社)の原画を見て、あまりに美しく、絵の具のにじみや重なり具合が素晴らしくて、惹かれてしまいましたから。

『せんねん まんねん』原画 2008年 理論社 作家蔵

― 絵本展の構想から始まったの?

 そうですね。そうこうしているうちに、PLAY! MUSEUMプロデューサーの草刈大介さんから「林さん、なにか展覧会のアイデアない? 僕はいま柚木沙弥郎さんに興味があるのだけれど」と話があって「私も柚木さんのことを考えていたのよ」ということになりました。

― すごい偶然の巡り合わせですね。

「絵のみち」から「布の森」へ

 さっそく柚木さんにお目にかかって、絵本から染色まで幅広い作品を紹介する展覧会のコンセプトを固めていきました。柚木さんは民藝の重鎮でもありますから、暮らしのなかで使う型染や注染の布を長年つくってきましたよね。
それだけでなく、いろんな分野の創作も生涯かけて続けています。だから小文字の「life」で「くらし」を、大文字の「LIFE」で「人生」を表現できたらなと思いました。

― なるほど。

 会場に入るとまず「絵のみち」という絵本原画の展示があり、その次に柚木さんがつくった人形や柚木さんの持っているフォークアートやおもちゃなどを紹介するコーナーになります。
そして柚木さんの布を展示する「布の森」で締めくくり。

― 「布の森」では、大人の背丈よりも長くて大きな布が50点近く天井から吊り下げられています。ここ、息をのむようなすごい展示ですよね。

布の森 会場風景

 柚木さんの型染布で「コンストラクション」(2011年、世田谷美術館蔵)という赤と黒からなる大作、そして「Memory 」(2019年、IDÉE蔵)という丸い模様が印象的なやはり大作があります。
これらの作品が展示室に入るとまず眼に飛び込んでくるという構成を考えました。どちらも大きくて、力強いのだけれど、どこか優しい感じがしませんか。

― 確かに。その「コンストラクション」「Memory」を展示会場に入って最初に眼にとまるところに展示したのですか?

 そうです。柚木さんといえば「柚木レッド」という赤の色づかいで知られていますが、柚木さんに聞くと「いやぁ、僕は黄色も使えば緑も使うよ」と言うのです。そして近作ともいえる「Memory 」は、柚木さんご自身の最近のお気に入りの1作と教えてくれました。
ですから「コンストラクション」と「Memory」越しに8点セットの型染布「まゆ玉のうた」(2013年、岩手県立美術館蔵)が垣間見えるように工夫しました。「まゆ玉のうた」には黄色や緑の染料が使われていますし、まゆ玉のリズミカルなかたちが楽しめます。
会場の入り口に立って視線を手前から奥へと動かすことで、柚木さんの豊かな色彩感覚や模様の構成力を味わえる展示にしたかったのです。

布の森 会場風景

― こだわりがすごい!

 PLAY! MUSEUMの50分の1の建築模型を使い、染め上げられているモチーフや制作された年代ごとにどう見せるのか展示プランを練り上げました。
建物を設計した建築家の手塚貴晴さんに会場構成に参加してもらい、手塚さん紹介の照明デザイナーが、素晴らしいライティングで布の手触りが目から伝わるようにしました。

― 柚木さんとはどんな展示の打ち合わせをしましたか?

 染色ですから手で触ることはできないのですが、「絵を壁に飾るような展示はやめて」という話になりましたし、私もそうするつもりはありませんでした。
幸いなことにPLAY! MUSEUMは展示に関してはかなり自由度が高く、いろいろな試みができました。
この場が持っている力に助けてもらいましたね。

染色技法をつかった絵本づくり

― 絵本のことをまた聞いていいですか?

 どうぞ。

― 染色の技法をつかってできた絵本もあるのですか?

 そうですね。型染では絵柄をデザインしてから型紙をつくり、その型紙に布を当てて色を染めていくのです。
柚木さんの絵本には、まず絵を描いてから型紙をつくって、そこから版画のようにして原画をつくったものがあります。
『おふねがぎっちらこ』(2009年、月刊「こどものとも0・1・2」福音館書店)もそのうちのひとつです。『おふねがぎっちらこ』の型紙も展示していますので、どうやって原画をつくっていったかがよくわかりますよ。

『おふねがぎっちらこ』原画 2009年 福音館書店 作家蔵

― 手間ひまをかけているのですね。

 そうなのです。でも、そうした制約があるからこそ表現できている素晴らしさもあります。
「おふねがぎっちらこ」のクマの毛並みの感じもそうですね。さらさらっと筆で描くのとは違う味わいがあります。
まさに毛としての質感を感じさせますし、飾り気がなくてリズミカルです。なによりいきいきしていますよ。

― 「絵のみち」から「布の森」へとつながる展示では、戸棚があって中にいろいろなおもちゃ類が並んでいますね。

世界が違って見える気分に

 そこは草刈さんのアイデアですね。柚木さんの家にあるのと同じ戸棚をつくり、柚木さんの家に並んでいたおもちゃ類をそっくりそのままこの展示会場に移してきました。柚木さんの室内の一部を再現してみたのです。

柚木さんが世界中を旅して集めた民芸品や玩具

― 見ているだけで楽しくなります。

 そうなのです。絵本から布への展示の橋渡しとして、柚木さんの暮らしぶりを体感できる展示にしようと思いました。

― ところで、柚木さんとはよくお話をしましたか?

 ええ、打ち合わせやインタビューで何度も。

― どんなお人柄なのでしょう?

 ユーモアいっぱいで、チャーミングな人です。若い人と一緒に仕事をするのが本当に好きな人だなと思いました。
新しいことや今という時代に常に心を開いています。だからでしょうね、お話をしているとこちらの心が開かれてくるのです。人に優しくなれるというか。
そうそう、世界が違って見えてくるような気分になりますよ。

林綾野(はやし・あやの)さん

キュレーター、アートライター。展覧会の企画、美術書の執筆などを手掛ける。企画した展覧会に「かこさとしの世界展」(2019年より巡回)、「おいしい浮世絵展」(2020年)など。著書に『画家の食卓』(講談社)、『浮世絵に見る江戸の食卓』(美術出版社)などがある。

らび
自ら「らび」と名乗る初老のおじさん。うさぎが好きで「ぼくは、うさぎの仲間」と勘違いしている。著書に『ディック・ブルーナ  ミッフィーと歩いた60年』 (文春文庫) 、『ちいさなぬくもり 66のおはなし』(ブルーシープ)など。