PLAY! インタビュー 齋藤名穂さん「アーノルド・ローベル展」展示デザインの舞台裏
建築家、グラフィックデザイナー、アーティスト。PLAY! には、たくさんのクリエイターたちが関わっています。そんなクリエイターの皆さんに、PLAY! の舞台裏を聞くインタビューシリーズです。
PLAY! MUSEUMで2021年3月28日(日)まで開催のアーノルド・ローベル展のなかで、ひときわ印象的な空間となっているのが、「第6章 がまくんとかえるくんの世界」。緑色の布のトンネルを進んだ先にたどり着く楕円形の空間に、布と段ボールで構成された有機的な景色が広がっています。本展の空間デザインを手掛けた建築家でデザイナーの齋藤名穂さんにお話を聞きました。
会場撮影:吉次史成・高橋マナミ
「がまくんとかえるくん」のランドスケープに迷い込む
齋藤 展覧会準備の初期のころ制作チームのみんなで話していたのは、「がまくんとかえるくん」の絵本の世界、そのランドスケープに迷い込んだような展示会場にしたいということ。同時に、がまくんとかえるくんの絵の可愛らしさをストレートに伝えたいとも思いました。スケール感の全くちがうこの2つの希望を、どうやったら形にできるかと考えているなかで、“布を幾層にも重ねて、空間をつくる”というアイディアが思い浮かびました。
― 布が使われたのは、「がまくんとかえるくん」の展示コーナーへ向かうアプローチ、朗読コーナー、アニメーション・コーナーの3箇所。布を切り抜いた部分が連なり、トンネルや小屋のような柔らかな空間をつくっています。
布は何色に染める?
― 布は、「がまくんとかえるくん」の絵本のなかにある色で染めたい。そんな齋藤さんの希望で、白いコットンオーガンジーを染めることになったんですね。
齋藤 今回お願いした奥田染工場は、八王子に四代続く、ファッションやテキスタイルの業界ではよく知られた染工場です。テキスタイル・デザイナーの友人から教えてもらい、飛び込みでコンタクトをとりました。当初は3つの空間に、それぞれ違う色の布を吊ろうと思い、いろいろな色のサンプルを制作しました。かえるくんの緑、がまくんの茶色、紙のクリーム色など。色を伝えるため、染工場に絵本のページを切り取って送ったので、私の『ふたりは ともだち』は穴だらけなんです。
齋藤 最終的に、布の色を緑だけにすることを提案してくれたのは、ローベル展のポスターや図録をデザインした菊地敦己さんでした。今回は、展示台でダンボールという個性の強い素材を使っているから、色は絞ろうと提案してくれました。結果的に、布の緑色(かえるくん)とダンボールの茶色(がまくん)で構成でき、すっきりと気持ちのいい空間になったと思います。
シルクスクリーンで絵を刷る
布が美しく染め上げられたところで、つぎに布への絵柄の印刷です。絵本の中から3つ、空間に合う絵柄が選ばれ、シルクスクリーンで刷ることになりました。ローベルの絵を、齋藤さんとアシスタントの勝又さんが丁寧にトレースし、シルクの版に起こしました。
― 最初はシルクスクリーンの版にするイラストに、がまくんとかえるくんの絵を入れなかったそうですね。
齋藤 彼らがいる空間だから、彼らの絵はなくてもいい、と思っていました。でも最後に制作チームから、かわいいから入れたらどうか、という意見が出て、入れました。
そのあと染工場で奥田さんが(白髪のポニーテールの、なんとも雰囲気のある人なのです)「がまくんとかえるくん、かわいいなあー」と言いながら、シルク版を刷っていて、やっぱり入れてよかった!と思った瞬間でした。
齋藤 私は刷り始めの日に1日工場にいましたが、作業台にスプレーのりを吹いて布を貼り、縫製工場から来た製作図通りの位置に版を合わせて・・・と、いくつもの工程を踏んでいるとあっという間に時間が過ぎ、最初のイメージを刷っただけで初日の作業は終わり。絵本に忠実に、かつ今までに無いものを作るというのは、丁寧な手しごとの積み重ねなのだな、と感じました。
― 奥田染工場のあとは、カーテン屋さんによる縫製、施工会社の東京スタデオによる吊り装置の設計と制作が続きました。
齋藤 縫製の仕方も、いくつもサンプルを出してくださり、その中から布の張りや強度を考えて最終的な縫い方を決めていました。最善の方法を見極めて決めるところまでは私の仕事ですが、そこから先は作り手の領域。展示空間の中にすとんと自然なかたちで立ち上がったテキスタイル空間をみて、ものを作る人は本当にすごいなあと、感激しました。
― ローベルの原画や、加藤久仁生さんのアニメーションとも調和していますね。
齋藤 そうですね。加藤さんのアニメーションの中で動くかえるくんと、それを囲むいえの空間の緑色がぴたりと合ったのを見てーーかえるくんの色に染めたので、当然といえば当然なんですがーー絵本に忠実に空間を構成してよかったなと思いました。
齋藤 今回のローベル展のプロジェクトのような、今までやったことがないことをする時、関わる人たちが面白そう!と思ってくれて、それぞれの専門的な知識を持ち寄り、どうやったら実現できるか方法を考えていく。パワフルなプロセスだなあと思いました。
― たくさんの人のアイデアや技術が合わさって、初めて実現した空間。制作の舞台裏を知ると、会場を歩いたときにまた違った発見があるかもしれません。
齋藤 名穂(さいとう なお)
建築家、デザイナー。UNI DESIGN主宰。ヘルシンキ芸術デザイン大学空間デザイン修士課程修了。「建築空間を、五感や個人の空間の記憶を頼りにデザインする」をテーマに活動。最近の主な仕事に「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展、「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」展(Eurekaと共同設計)、庭園美術館のウェルカムルームのための「さわる小さな庭園美術館」など。
Photo:Hideki Ookura