絵本デビュー作『Michi』をはじめ、『の』『怪物園』『街どろぼう』を手がけてきた福音館書店編集者の岡田 望さん。担当編集者だからこそ知る、junaidaさんとの仕事の裏側や作品の魅力についてたっぷり聞きました。全3回。
取材・執筆:いまむられいこ
おもしろいからやるしかない
――junaidaさんの言葉について聞かせてください。独特の世界観がありますよね。
岡田 junaidaさんは言葉の核みたいなものをとらえているような気がします。選ぶ言葉に実感が伴っているからです。ご自身は意識されていないかもしれないが、junaidaさんの言葉って絵に匹敵する強度があってハッとさせられます。
――朱入れなどはしないのですか。
岡田 入れますよ。ただ、定型の表現に寄せてしまわないように気をつけています。作家の個性を平準化することになるので。
「こういう言い回しのほうが意図が伝わるのでは」といったやり取りもしますが、最終的にはお任せしています。その代わり、junaidaさんがその表現にした意図や根拠を尋ねるんです。媒介する人間としては、作家がなぜその言葉を選んだのかをちゃんと知っておいて、聞かれた時にきちんと伝えることが大事だと思っています。
――『Michi』『の』『怪物園』『街どろぼう』の4作品を連続で刊行しました。
岡田 『Michi』と『の』が出た後、2020年のはじめにjunaidaさんから『怪物園』と『街どろぼう』を含む4つのアイデアをいただいたんです。ちょうどコロナ禍で、「今慌てて出さなくてもいいかな」というタイミングでしたが、すごいアイデアがきちゃった。「ああおもしろい、もうやるしかない」という感じでした。残りのアイデアもいずれやると思いますが、もう少し温めます。
はみ出した時こそ魅力が生きる
――作品は、MOE絵本屋さん大賞や造本装幀コンクールでも受賞しています。斬新な造本装幀も高く評価されています。
岡田 奇をてらったり突拍子もないことをしたいというのではなく、作品にあった造本、作品の求めるデザインは何かということが出発点かつ目的地のように思います。様々な造本のアイデアは、どれも既存の技術がベースになっているんですが、その使い方、使いどころがちょっと違う。今まで気づいていなかった方法の組み合わせ次第で「こんなことができるんだ」という発見がおもしろくて。
ブックデザインのコズフィッシュのお二人も、印刷所のみなさんも、毎回嬉しそうにハードルを超えてくれるんですよ。『街どろぼう』の表紙の背景の色もテストをして調整して、このチームだからこそこの色が出せました。『の』のハードカバーのチリ(本文よりも一回りはみ出ている部分)も「ここまでやるか」というくらいギリギリまで削ったり。
――常に新しい挑戦を課しているのですか。
岡田 というよりも、どの本もそれまで世の中になくて毎回新しく生まれてくるものだから、それに合わせれば造本も当然新しくなる、というほうが正しいかもしれません。
きまった形、前例にならったフォーマットって、確かによくできていて、安心感もあるのですが、そのフォーマットからはみ出た時こそ、作品本来のチャーム(魅力)が姿を現して、本が生きはじめる。ただ、フォーマットからはみ出すことを目的にはしていない、作品に合う形をさがしていったら、自然といろんなことがフォーマットや決まりからはずれていくんだと思います。
あの絵を体験しなければ損
――読者の感想を拝見すると、10代から60代、性別も関係なく、幅広い層に読まれています。
岡田 最初に書店員さんから「どう売っていいのかわからない」と言われたんです。これはアート本なのか、絵本なのか、大人向けなのか子ども向けなのか。でも、そういう線引きってあまり意味がないですよね。junaidaさんの本は「大人っぽい本」と思われているけれど、実際は子どもさんにも喜ばれているんですよ。
代官山の書店で『怪物園』のパネルを展示していた時、小さな子が「これ知ってる、大好きなやつ!」と駆け寄ってきたんです。嬉しかったし、なんら不思議ではないんですよね。いろんな人がいろんな楽しみ方をしてくれたらいいな、と思います。
――今後の展望はありますか。
岡田 担当編集者としては、原稿をいただいて、それがおもしろくて、わーっと心が動いたり、圧倒されていたい。そうすると、自然とこれはみなさん読まないと損ですよ、だから必ず本にするので待っていてくださいという気持ちになっていく。なのでjunaidaさんには、これからも好きなことをやってもらえたら(笑)。実は海外版のオファーも着実に増えてきているので、日本から飛び出してもらって、いろんな人に読んでもらいたいです。
――最後に、展覧会「IMAGINARIUM」への期待をお願いします。
岡田 少し前にjunaidaさんと話をした時に「盛りだくさんなので歩きやすい靴で来てください」と言われましたが、どうなるんだろう、まったく予想がつきません。展覧会が決まったころ、junaidaさんが「絵本を読むのとは違う体験をしてほしい」と仰っていたので、きっとそれが実現されているんだろうな、と思います。
絵本において「絵は素材」ですが、今度は絵そのものを見るわけですよね。いったん本の形に収まって固定されたものが、その枠が外れた時、あるいは他の絵と並んだ時に、どう見えるのか。原画は絵本のために描かれたものだけど、そこに新しい意味が出てくるのかな。とにかく楽しみにしています。
――そろそろインタビューも終わりなのですが、junaidaさんの絵の魅力ってやっぱり言語化できませんか。
岡田 できそうにありませんね(笑)。あ、一個だけ、junaidaさんの絵からは「物語が立ち上がる」といいましたが、その立ち上がる物語は、誰か他の人のものではなくて、私のなかの物語であるように思います。そこにある物語を押しつけられるのではなく、自分の想像力がじゃまされることなく、自由に動き出すきっかけをもらって、自分の中から物語が生まれてくる。そんな気がしますが、それよりなにより展覧会の会場に行って、実物を目の当たりにして圧倒されるのがええんちゃいますか。僕自身がそうだったように。あの絵を体験しないと損だと思いますよ。まさに「浴びるように」、360度、junaidaさんの絵を体験できるまたとない機会ですからね。(終わり)
junaidaさんと岡田さんが作った絵本
『怪物園』(福音館書店、2020)
お城なのか生き物なのか、怪物園は、たくさんの怪物たちをのせて長い長い旅を続けています。ある静かな夜のこと、怪物園がうとうとしたすきに、開け放しの玄関から、怪物たちが外の世界へと抜け出しました。怪物たちは街の通りを行進しはじめます。そのとき、家の中で子どもたちは……。
『街どろぼう』(福音館書店、2021)
大きな山のてっぺんに巨人がひとりきりで住んでいました。さびしくなった巨人はある晩、ふもとの街におりていき、一軒の家をこっそり持ち帰ります。それから何度も家やお店を山のてっぺんに持ち帰りますが……。
岡田望(おかだ・ぼう)さん
1973年生まれ。福音館書店編集者。