【ONI展インタビュー】 映像工芸作家・写真家 菱川勢一さん

「職人の仕事に触れて、ものづくりの楽しさを感じてもらえたら」

長編アニメーション『ONI ~ 神々山のおなり』の世界観を味わうことができる展覧会、トンコハウス・堤大介の「ONI展」。空間デザインを手がけた、映像工芸作家で写真家の菱川勢一さんに、展覧会に込めた思いをお聞きしました。

取材・執筆:内山さつき
会場撮影:田附勝
ポートレート撮影:高見知香

菱川勢一さん

手仕事のぬくもりが伝わる空間デザインに

―PLAY! MUSEUM初めてのアニメーションの展覧会、トンコハウス・堤大介の「ONI展」ですが、展覧会のコンセプトはどのように進めていったのですか?

菱川 堤さんの作品は、オリジナリティに溢れています。特に『ONI ~ 神々山のおなり』に関しては、こま撮りと言われるストップモーションアニメのような風合いで作られているということが大きな特徴だと思います。

ストップモーションアニメの素朴な手作り感は、多くの人の心を捉えていますよね。現代はVFXテクノロジーやCGのクオリティが上がり、美しくて精緻なCGアニメーションがたくさん作られていますが、こういう手作りの風合いを残したものが愛されているところに、僕はものづくりへの希望を見出しているんです。この『ONI』にもあたたかい、血の通った感じが随所に醸し出されているので、展覧会として空間構成するときにはまずそこをどう演出していくかを考えました。

―どのようにそれを探っていったのですか?

菱川 日本には手作りの職人工芸がまだ残っています。でも、おそらくそう遠くない未来には消えてしまうでしょう。この展覧会は、そうした職人の手仕事を伝えるのにも絶好の機会だと思いました。

手仕事の中にある、不均一な“むら”や、柔らかさ。あらゆる局面で均質化している現代社会において、不均質の美が確かにあること、それが日本の文化の中には残っていることを見せたいと思いました。

それで、手漉きの和紙、手作りの凧と提灯を空間デザインの中に入れました。特に手作りの提灯は、職人がほとんどいなくなってしまって、消えゆくものの一つです。竹ひごの竹を割り、和紙を漉くところから手で作っていくと、どうしてもコストがかかります。職人が数日かけて作るものなのでそれは当然なのですが、展示のコスト面から言うと、既製品を使うより倍以上かかってしまいます。でも、安価で均質なものを使って手早く展覧会を作り上げるのではなく、数が少なくてもひとつひとつ、一から手で作られたもので構成することにこだわりました。『ONI』の作品自体がそうであったように。

―素晴らしい仕事を見せてくださった職人さんたちを教えていただけますか?

菱川 展覧会の最初のセクションでアニメーションを投影している和紙は、山形の「紙屋作左ヱ門」という工房のシブヤナオコさんに漉いていただきました。驚いたのは、しっかりとした厚みがあるのに、投影した映像が表からも裏からもはっきりと見えること。上質紙やコピー用紙ではこんなに綺麗に映らないんですよ。

―和紙に映る映像の色もとても美しかったです。

菱川 色の美しさにも驚きましたね。これは光が均等に透過しているからこそで、まさに職人さんの腕前だと思います。この他にも、今回は凧をスクリーンとして使いました。凧は新潟の三条市にある「須藤凧屋(すどういかや)」という、1800年代から六角凧を作っている工房にお願いしました。凧と書いて、「いか」と読みます。通常ここの凧は六角形で作るのですが、今回はアニメーションを投影するので四角で作っていただきました。よく見ると、竹ひごと糸で組まれているものが凧のスクリーンです。

提灯は、岐阜の美濃和紙で、五月人形を作っている「陣屋」というところにお願いしました。職人さんを束ね、江戸時代から人形を作ったり提灯を作ったりしている老舗人形店で、手作りの提灯をできるだけ数を揃えたいと相談しました。今では一から手仕事で、というオーダー自体が珍しいので驚かれましたが、職人さんたちもとても喜んでくれて。

岐阜の美濃和紙で制作した「陣屋」の提灯

菱川 それから壁には日本各地の鬼をかたどったお面と凧を、武蔵野美術大学 美術館•図書館の民俗資料室からお借りして展示しています。

―どれも貴重なものですね。

菱川 はい、でもこれらを美術館で展示するような「貴重なもの」にはしたくないんです。どれも昔は日用品として身近にあったもの。この展覧会を家族で見に来てくれた方々に、「これは貴重なものだからよく見てください」というのではなく、そこにある自然なものとして、提灯のやわらかな明かりや和紙の風合い、手仕事のぬくもりを楽しんでもらえたらと思っています。

大きさや音を直に体験するということ

―大きな展示スペースに再現されたやぐらも印象的です。

菱川 この展覧会の目標の一つとして、「アニメーションの世界を体感できる展示にすること」というのがありました。それは単に会場にたくさんモニターを設置して映像が見られるようにするというのではなく、作品の世界観を立体的に形にして、大きさや音を直に感じられるしつらえにするということです。

その一つとして、会場内に実物大に近いやぐらを組むことを考えました。森の精霊「モリノコ」が音に反応するインスタレーションのアイディアも割と早い段階からありました。

―太鼓の音には、血が騒ぎますね。

菱川 お腹に響くドンッという音から、コロナ禍で一時は遠のいてしまった祭りの響きを、肌で感じてもらえたらと思います。理屈ではない、よく分からないエネルギーが自分の背中を押してくれるというような体験を現代の人たちにも改めて味わってもらえたら。

―『ONI ~ 神々山のおなり』をご覧になった感想を聞かせていただけますか。

菱川 作品を初めて見たときに感銘を受けたポイントは「ONIの正体」ですね。観る前までは愛らしいキャラクターたちが繰り広げる、楽しいファンタジー物語だと思っていたのに、それを大胆に裏切ってくれました。なんて奥深い作品なのだろうと。人間と自然との関係や、人を思いやるとはどういうことなのかなど、現代に生きる人々が考えるべき深い問題が描かれています。楽しみながら大切なことに気付くきっかけをくれる作品だと思いました。

また、「鬼」とは、いわゆる自分の中にある邪な部分のことでもありますよね。でも、そんな闇を抱えていることを含めての「人間らしさ」なのだとも思います。むしろ怖いのは、世の中を白か黒かで分けて、どちらかでないといけないと決めつけてしまうこと。中間や余白がない社会は、生きづらい。そういう問題もこの作品は投げかけているような気がしました。私たちは、他人を許すことによって、自分も周りも豊かになれる存在なんだろうと改めて感じました。

―堤さんは、どんなクリエイターだと思いますか?

菱川 堤さんは、日本の美意識、美学を深く持たれていて、日本人であるというアイデンティティを大切にしながら、随所にその美意識を反映されています。また、堤さんが拠点にしているアメリカ、つまり欧米文化の持つ良さも同時に作品の中に取り入れています。アメリカの人が見ても日本の人が見ても楽しめて、そしていろいろと考えさせてくれる作品なのですよね。

今回の作品『ONI』は、世界に胸を張って美しいと言える日本の風景や光を、真正面から表現している作品。日本の方々にこそ見てほしい。堤さんはとても稀有な演出家、クリエイターだと思います。

―これから展示を見に来る方に、どんなところに注目してほしいですか?

菱川 この展覧会は、『ONI』を事前に予習しなくても楽しめます。まだ見ていない人も、どうぞ遊びに来てください。きっと楽しめるはずだし、その後改めて『ONI』という作品が見たくなるはずです。「素朴な気持ちで、感じる」ということを大切に作りました。そして感じたことを大切にしてこれからの日々を豊かな気持ちで過ごしていきたいものです。

『ONI ~ 神々山のおなり』作品視聴はこちらから

菱川勢一(ひしかわ・せいいち)

映像工芸作家・写真家・武蔵野美術大学教授。音楽業界を経て単身ニューヨークへ渡り、音楽と映像を融合したメディアアートを展開。帰国後、DRAWING AND MANUALの設立に参加。映像、写真、ファッションブランドのステージ、展覧会などのディレクションをはじめ、コ ンテンポラリーアート、映画など横断的な創作活動を続け、2022年より日本映像工芸を開始している。

http://seiichihishikawa.info
https://drawingandmanual.studio/

TOPICS

「新しい視点で作品世界を味わえる展覧会」
企画展示 トンコハウス・堤大介の「ONI展」