「エルマーのぼうけん」展、はじまりました!

PLAY! 内覧会のようす

2023年7月15日(土)、世界中で愛されるベストセラー「エルマーのぼうけん」(文:ルース・S・ガネット、挿絵:ルース・C・ガネット 日本語版はいずれも福音館書店刊)シリーズの日本初となる展覧会が開幕しました。開幕前日のプレス内覧会の様子をお届けします! 

取材・執筆:宮崎香菜
撮影:高橋マナミ

内覧会には本展を企画したPLAY! プロデューサーの草刈大介、空間構成を担当した建築家の張替那麻さん、会場のグラフィックや広報宣伝物、グッズ、図録などのアートディレクション、デザインを手がけた三宅瑠人さん、岡崎由佳さん、そして「エルマーのぼうけん」の原画を所蔵するミネソタ大学図書館のキュレーター、リサ・フォン・ドラセクさん、翻訳家の前沢明枝さんが登壇しました。

まずはじめにPLAY! プロデューサーの草刈から「エルマーのぼうけん」展開催への思いをお話しました。

皆さん、冒険してますか?

草刈 シリーズ1作目『エルマーのぼうけん』は1948年にアメリカで出版され、日本では63年に渡辺茂男さんによって翻訳されました。今年は日本語になって60周年で、版元の福音館書店にも協力していただき、今回の展覧会を開催しています。

意外なことに、実はエルマーの展覧会開催は日本初。まず、それを知って僕らもびっくりしました。それで、どこに原画があるのかなど何か手がかりがほしくて、著者のルース・スタイルス・ガネットさんについて書いた本(『「エルマーのぼうけん」をかいた女性 ルース・S・ガネット』福音館書店刊行)を出している前沢明枝さんにご協力いただくことになりました。

今回、約130点の原画は児童文学の資料を所蔵するミネソタ大学図書館のカーラン・コレクションからお借りしたのですが、ダミー本やスケッチ、挿絵を描くために作ったりゅうのぬいぐるみなど貴重な資料も一緒に展示しており、そういったものは作者のガネットさんのご家族からお借りしました。

草刈 PLAY! MUSEUMでは絵本や漫画など、過去につくられた名作を改めて紹介することで、皆さんの記憶を呼び覚ます、そんな機会をつくっています。そしてその都度、なぜ、いま展覧会でシェアする価値があるのかを常に問うようにしています。

今回のキーワードは「ぼうけん」です。皆さんは冒険してますか? 日本でも700万部も売れているエルマーの人気の理由のひとつは、人びとの冒険する心を刺激してきたからです。冒険していない。または冒険したつもりになっている現代の中で、大人から子どもまで「エルマーのぼうけん」を通して冒険する心に火をつけていただけたらいいなと思っています。

続いて、ミネソタ大学図書館のキュレーター、リサ・フォン・ドラセクさん、翻訳家の前沢明枝さんにも出来上がったばかりの展覧会の感想を語っていただきました。

リサ 過去50年間でルース・スタイル・ガネットと継母のルース・クリスマン・ガネットの作品を大々的に展示するのははじめてのこと。今回の展覧会に関わっている皆さんはストーリーテリングの楽しみを大人にも子どもにもわかる形で、見せてくれました。私もその一員に加えていただき、とても嬉しいです。

前沢 私は2010年にガネットさんが来日した際に通訳をしたことがきっかけとなり、「エルマーのぼうけん」シリーズができるまでのお話をアメリカまで聞きに行きました。ガネットさんには7人の娘がいて、何度か通ううちに私を8人目の娘と認めてくださるほど仲良くしていただいています。ガネットさんは8月で100歳になります。もう私にとっては母親やおばあちゃんのような存在なので、この展覧会は身近な人に捧げる誕生日パーティーを皆さんに一緒に祝ってもらっているような気持ちです。 

鉛筆で描かれたモノクロの世界と筆跡を味わう

それでは、いよいよ会場の中へと入ってみましょう。
シリーズ1作目『エルマーのぼうけん』で描かれた、どうぶつ島に捕らわれたりゅうを助け出す冒険のはじまりです。まずは、暗がりの中、桟橋のような足場を歩きながら、さまざまな動物たちに出会います。
空間デザインを担当した建築家の張替那麻さんは、桟橋をエルマーが歩くシーンがもっとも心に残っているのだとか。冒険の予感、そのわくわく感を表現するために、ここではどのように空間づくりしていったのでしょうか。

張替那麻さん

張替 鉛筆で描かれた原画のモノクロの世界を、光と影の表現によって空間的に体験してもらいたいと思いました。書き割りパネルによるアナログさと光や音による現代のテクノロジーを重ね合わせた古くて新しい展覧会になればなと。さらに、身体的・空間的な体験が出来るように、高さ2〜2.5メートルぐらいに引き伸ばして並べた動物の書き割りからは、筆跡の生々しさを感じてほしいです。

草刈 展覧会では、オリジナルの作品を見ることが正しいと思いがちなんですが、絵を大きく伸ばしたから見えてくることもあり、それは小さな原画をじっくり味わう心構えにもなります。リサさん、原画の見どころについてお話しいただけますか?

リサ こうして見ると、絵がさまざまなことを物語っているのがわかります。例えば、ライオンと出会う場面。物語ではエルマーを食べてしまうくらいの恐ろしいキャラクターとして書かれていますが、実は犬が遊びに誘うときのような——頭を低くして、お尻をあげてという格好をしているんですね。恐ろしいものを恐ろしいだけで描かない、その心遣いや繊細さを見て取れます。

展示される原画それぞれには、日本語版で渡辺茂男さんが翻訳したテキストが添えられています。そして、テキストのキャプションにはチューインガム、小枝、カナリヤの羽根など、物語に出てくる小物が所々散りばめられるという楽しい仕掛けも。テキストまわりのデザインを担当したのは、アートディレクターの岡崎由佳さんです。

岡崎 物語の言葉も絵と同じくらい大事にしたくて、本の1ページを破ったような紙にテキストを載せています。また、展覧会では原画を見る楽しみと共に、自分がエルマーみたいに会場を冒険する楽しみがあるので、冒険をよりリアルに感じてほしくて物語に出てくるものを目に見える形で添えることにしました。

ポスターなど広報宣伝物を担当したのは、デザイナーの三宅瑠人さんです。今回どういった点を意識してデザインしたのでしょうか。

三宅 自分自身もエルマーを読んで育ち、絵も大好きだったので、なるべく原画や原書の世界観を壊さないように進めていきました。例えば、『エルマーのぼうけん』の表紙は日本では明るい緑色のイメージがあると思いますが、出版当時の原書を見ると背景は深緑なんです。できるだけポスターも原書の色味に合わせたかったので、当時の印刷の色を再現しました。ちなみに表紙はカラーの原画がないんです。

草刈 原書の出版当時はフルカラーの印刷技術が進んでなくて、色別に版をつくってから印刷して色を再現したんですね。表紙の色版も資料コーナーにあります。

音を感じて展覧会の体験を高める

続いて、第2作『エルマーとりゅう』から第3作『エルマーと16ぴきのりゅう』へと繋がる通路では、音、映像、光によって、エルマーとりゅうが嵐の中で空を飛ぶシーンが再現されています。通路を抜けたところに現れる第3作の舞台、そらいろこうげんでは、りゅうが空を羽ばたく音も聞こえてきます。

草刈 今回は音響・映像機器メーカーのオーディオテクニカにサポートしていただき、音を感じる展覧会をめざしました。サウンドデザイナーの染谷和孝さんの演出で音によって、展覧会の体験を高めています。

そして、いよいよ物語はクライマックスへ。洞窟の中に捕らわれていた15匹のりゅうをエルマーが助ける場面をイメージした展示室では、ラッパや笛を鳴らして一斉にりゅうたちが逃げ出す様を体感できます。

張替 ここでは、カラフルなりゅうたちが登場して、それまでのモノクロの世界から一転して明るい世界を感じてほしいと思いました。そこで重層的にりゅうを並べることで、歩き進めると次々にカラフルなりゅうが立ち現れるようなレイアウトにしています。

草刈 オーディオテクニカからレコードプレイヤーをお借りし、「エルマーのぼうけん」が刊行された1950年代のアメリカのアナログレコードの音楽を楽しむというコンセプトを張替さんが考えてくれました。フリージャズで知られるオーネット・コールマンのアルバムを選んでくれたんですよ。

張替 オーネット・コールマンを選んだのは、りゅうたちを助ける為に洞穴で鳴らすピストル・ラッパ・笛の音がとても音楽的な感じがして、この音たちとフリージャズの自由な音楽を重ね合わせると面白いのでは、と思いました。

観客もりゅうたちのから騒ぎに入っていけるように、映像作家の岡本香音さんがインタラクションの要素を加え、光や音を使ったシステムをつくりました。ボタンを押すと15匹のりゅうたちに次々と光が当たり、プレイヤーが起動する仕掛けです。

物語の展示のあとには、これまであまり活動が知られることがなかった作者のガネットさんを紹介するコーナーも設置してあります。

草刈 ガネットさんはほぼ「エルマーのぼうけん」シリーズしか書いてなくて、いわゆる作家としては活動してないですが、物語を書くきっかけとなった子どもの頃のノートや大人の書取り、「エルマーのぼうけん」シリーズが完成するまでがわかる貴重な資料を展示しています。

資料の展示コーナー奥の広いスペースには、エルマー展に合わせて開館した「ぼうけん図書館」も。さまざまな分野で活躍する100人の方々に、それぞれが考える「冒険」にまつわる本を推薦してもらった100冊を紹介しています。さらに、古書店や絵本専門店に選書してもらった本と合わせて約500冊が集められ、夏休みに読む本を探すこともできます。

原画や物語を楽しむための仕掛けがいっぱいの「エルマーのぼうけん」展。ぜひ、エルマーになったつもりで冒険をお楽しみください。

張替那麻(はりかえ・なお)

建築家、ディレクター。デザイン会社DRAFT、藤本壮介建築設計事務所を経て、2016年クリエイティブスタジオHarikaeを設立。建築やインテリア、展覧会のデザイン、ブランドの企画から空間にわたるディレクション、自社によるファッションブランドHarikaeのプロデュースなど多岐に活動を展開。主な仕事に、K保育園、クリスチャンダダ南青山店、junaida展「IMAGINARIUM」等。

三宅瑠人(みやけ・りゅうと)

1988年東京生まれ。グラフィックデザイナー、イラストレーター。海外の古いフィールドガイドに影響を受けた作風で動植物や日用品を繊細なタッチで描き、国内外の様々なファッションブランドや出版社へイラストレーションを提供。またグラフィックデザイナーとしても、ブランディング、レコードジャケット、パッケージなどを多く手がけている。近著に『Subject & Object』(グラフィック社)、『Around The World in 80 Birds』(Laurence King Publishing)など。

岡崎由佳(おかざき・ゆか)

グラフィックデザイナー、アートディレクター。日本デザインセンターに所属し、展覧会のデザインや運営、ブランディング等を担当し2022年に独立。主な仕事に庭園美術館「ルネ・ラリック・リミックス」展、東京都写真美術館企画展、洋菓子ブランド「POMOLOGY」、 Spiral Market キャンペーンビジュアル、野村友里『とびきりおいしいおうちごはん』ブックデザインなど。

リサ・フォン・ドラセク

児童文学の教師、バンク・ストリート教育大学で児童むけ図書館司書などを経て、児童文学の分野で国際的に知られる、ミネソタ大学図書館カーラン・コレクションのキュレーター。。著書に『Writing Boxes: The Reading/Writing Connection in Libraries』(ミネソタ大学図書館出版、2019年)、共編著に『The ABC of It: Why Children’s Books Matter』(ミネソタ大学出版、2019年)がある。

前沢明枝(まえざわ・あきえ)

翻訳家。『エルマーのぼうけん』を初めて読んだのは9歳のとき。作者、ルース・S・ガネットが来日した際に通訳を務めて以来、家族ぐるみの交流が続き、ガネットからは「8番目の娘」と呼ばれている。愛猫の名はエルマー。著書に『「エルマーのぼうけん」をかいた女性 ルース・S・ガネット』(福音館書店)、訳書に『女王さまのワードローブ』(BL出版)などがある。

TOPICS

2023年7月19日(水)、8月2日(水)、9月6日(水)、9月20日(水)各12:00-
9月13日(水)、9月27日(水)/「エルマーのぼうけん」展 関連イベント
絵:ルース・クリスマン・ガネット 写真:清水奈緒
2023年7月15日(土)―10月1日(日)/10:00-18:00(入場は17:30まで)