キュレーター・林綾野が紹介する絵本原画の魅力

「谷川俊太郎 絵本★百貨展」

詩⼈・⾕川俊太郎の絵本作品にフォーカスした「⾕川俊太郎 絵本★百貨展」。今回は、展覧会で紹介している絵本作品を一部取り上げ、「おもしろいけど、美しい」名作絵本原画の魅力を、本展キュレーターの林綾野さんが語ります。

見る人それぞれに記憶が蘇る絵

『おならうた』(絵・飯野和好)絵本館 2006年

「あー、こうやって出ちゃうことある!」
「これ、きびしい!」

大人気の絵本『おならうた』の絵は、見る人それぞれにおならの記憶が蘇る、なんとも味わい深いもの。描いたのは、「ねぎぼうずのあさたろう」など多くの絵本を手がける飯野和好さん。今にも絵本から登場人物が飛び出してくるような躍動感あふれる表現が得意です。

さまざまなおならのシーンが出てくる「おならうた」では、おならをする人、それを受け止める人の表情がそれぞれ絶妙に描き分けられています。描かれているのは「おなら」ですが、実は、水彩絵具を幾重にも塗り重ねた美しい色彩の世界も魅力です。繊細に描かれた原画を間近に味わいつつ、おならの世界にクスリ。おならドームの中でゆっくり原画鑑賞を楽しんでください。

ちなみに、『おならうた』の文は、しゅんたろさんが1981年に出した詩集『わらべうた』に収められています。昔から日本の子どもたちが謡い伝えてきた童歌(わらべうた)を自分でも書こうと思い立ち、出来上がったのが『わらべうた』です。「おならうた」はその中でもとりわけ人気が高い詩で、25年の時を「へ」て、2006年に絵本となって出版されました。

鮮やかな色、明快なかたち、表情の豊かさ

『これはすいへいせん』(絵・tupera tupera)金の星社 2016年

どんぶらこと流れてくる赤い屋根の家。緑色の大地にどっしりと立つ牛。花婿と花嫁を乗せたピンクの飛行機は今まさに空へ。鮮やかな色、明快なかたち、コミカルで表情豊かな登場人物が目を引きます。描いたのは『しろくまのパンツ』『パンダ銭湯』などで知られる亀山達矢さんと中川敦子さんのユニットtupera tupera。『これはすいへいせん』は得意の「貼り絵」によるもので、様々な形にカットされた紙を貼り合わせ、その上から影や波など細かなニュアンスを鉛筆で描き足しています。いきいきとしたかたちとバランスの取れた構図。物語性あふれる画面が私たちを絵本の世界へといざなってくれます。

さて、しゅんたろさんのテキストにも注目しましょう。どのページも必ず「これは すいへいせんの……」で始まります。これはページをめくるたびに前のページの文に新しい言葉が増えていく「つみあげうた」という形式。言葉を追っていけば、モノとモノとのつながりがまるで目に見えるようです。目の前にある何でもないモノにも面白く想像をめぐらしてごらんよ。そんなしゅんたろさんの声が聞こえてきそうです。

命のきらめきと温もりに包まれた「いいひと」の姿

『オサム』(絵・あべ弘士)童話屋 2021年

柔らかな筆づかいで、たっぷりと塗られた絵の具。伸びやかで鮮やかな色彩が、森の命のように息づきます。真っ黒なゴリラのオサムは、どっしりと存在感たっぷり。絵を描いたのは、動物の絵本をたくさんつくっているあべ弘士さん。長い間、動物園で飼育係をしていたので、動物の姿や形はもちろん、習性や性格まで知り尽くしています。あべさんが描くゴリラやゾウ、ミミズク、ヘビなどの動物たちはユーモラスで自然体です。

しゅんたろさんは、「いいひと」ってどんなだろう、という思いで「オサム」の文を書きました。しゅんたろさんが綴る、静かでつつましく楽しいオサム。あべさんはこれを“ゴリラだ”とひらめき、命のきらめきと温もりに包まれたオサムの姿が生まれました。

愉快な絵と突飛なことばで羽ばたく

『ままです すきです すてきです』(絵・タイガー立石)福音館書店 1986年

虎柄のパンツ姿でニンマリ笑う鬼の子。新聞を読むパンダにサングラスをかけたカメ。床の下には星が瞬く宇宙が渦巻きます。わけがわからないけど、なんだか愉快で面白い。底抜けに明るいおかしな絵を見ていると「なんでもありさ」と、楽しい気持ちになってきます。奇想天外な絵を描いたのは、絵画や漫画、陶芸など多彩な作品を手がけたアーティストのタイガー立石さん(1941-1998)。いっときはイタリアのミラノで活動し、1982年に帰国してからは『とらのゆめ』『じょうもんくんとたまご』など何冊かの絵本も手がけました。

『ままです すきです すてきです』は「しりとり」の絵本です。普通のしりとりではなくて、「だちょう」→「ちょうちょ」→「ちょんまげ」と、語尾の一文字に限らず、聞こえてくる音(おん)で言葉を繋いだり、「ちくおんき」→「きく」→「くま」と単語や名詞にこだわない型破りなしりとり遊びです。タイガーさんの愉快な絵としゅんたろさんの突飛な言葉で、私たちもヘンテコな空想世界へ羽ばたこうじゃありませんか。

死に向き合いながら、前に進む力を

『かないくん』(絵・松本大洋)ほぼ日 2014年

子どもの頃、ある日突然訪れた友だちの死。そして、歳を重ね病に冒され、死を待つばかりのおじいちゃん。クラスメイトの死という、しゅんたろさんが子どもの頃に経験した実話をもとに絵本は進みますが、やがて別の物語に展開します。

この死を題材にした絵本『かないくん』は、漫画家の松本大洋さんが絵を描きました。丁寧に引かれた鉛筆の線と、柔らかくおかれた水彩絵の具、そして紙の余白に、登場人物の心の動きと静かに流れる時間が表されています。

「死を重々しく考えたくない、かと言って軽々しく考えたくない」。

絵本の中の言葉に、死を否定的なものとは考えない、しゅんたろさんの思いがにじみます。死という重たいテーマに向き合いながら、前に進む力を感じる特別な作品です。

限りない宇宙の中でも生きている

『ぼく』(絵・合田里美)岩崎書店 2022年

月が輝く夜と、花びらの舞う空。広がる海や山々、街並み、そしてそこに行き交う人々や鳥や虫たちまで。イラストレーターの合田里美さんが描く透明感のある絵は、遠い記憶の中のような、懐かしい気持ちが込み上げてきます。主人公の「ぼく」はそんな世界で風に吹かれ、ふんわりとたたずんでいます。

子どもの自死という難しいテーマに、しゅんたろさんと合田さんは長い時間をかけて、推敲を繰り返しました。しゅんたろさんはこの絵本を「より深く死をみつめることで、よりよく生きる道を探る試み」と考え、明るいものにしたいと願いました。合田さんは世界を美しく描き、その気持ちに応えました。絵本に時折現れる宇宙をモチーフにしたスノードームは、「ぼく」の内面を映すものとして描かれました。「ひいては限りない宇宙の中でも生きている」。しゅんたろさんの言葉です。

林 綾野(はやし・あやの)

キュレーター、アートライター。アートキッチン代表。展覧会の企画、美術書の執筆などを手掛ける。企画した展覧会に「おいしい浮世絵展」(2020年)「堀内誠一絵の世界展」(2021年より巡回)など、著書に『画家の食卓』(講談社)、『浮世絵に見る江戸の食卓』(美術出版社)などがある。

TOPICS

子どもから大人まで誰もが楽しめるおもしろい展覧会
「谷川さんは、変化する自分をたのしんでいて、絵本ごとにチャレンジしていると感じました」
「谷川さんと粟津さんが絵本のなかでやろうとした、雰囲気をアニメーションに」
「谷川俊太郎 絵本★百貨展」関連企画/2023年5月18日(木)−6月18日(日) OPEN:木・金・土・日の12:00−17:00
「谷川さんが『とき』を絵本にしたら、どんなVR(バーチャルリアリティ)よりもVRでした」
「谷川さんが、気持ちいいことばを追求した『ことばあそびうた』を、体感する展示に」