【絵本★百貨展インタビュー】草刈大介(PLAY! プロデューサー)

「谷川俊太郎さんはちっとも揺るがない」

PLAY! MUSEUMで好評開催中の「谷川俊太郎 絵本★百貨展」(2023年4月12日(水)―7月9日(日))。今回はPLAY! プロデューサーの草刈大介に展覧会制作のきっかけや見どころを聞きました。

取材・執筆:宮崎香菜
会場撮影:高橋マナミ
ポートレート撮影:高見知香

――PLAY! MUSEUMのテーマは「絵とことば」。谷川俊太郎さんの絵本を紹介する展覧会はぴったりの企画ですね。どういう経緯で開催することになったのでしょうか。

草刈 「柚木沙弥郎 life・LIFE」( 2021年11月20日(土)-2022年1月30日(日))「和田誠展」(東京オペラシティ アートギャラリーほか2021年から全国巡回中)など、さまざまな作家の展覧会をつくってきたなかで、谷川さんと関わりがある作品に触れる機会が多く、気になっていました。それは、今回キュレーションを担当した林綾野さんも同じだったようで、次はどんな展覧会がいいか話をしているときに谷川さんの名前が出たのです。林さんもいろいろな絵本作家の展覧会を手掛けているので。

草刈大介(PLAY! プロデューサー)

――谷川さんの展覧会を企画したいと思うタイミングが林さんと偶然重なったんですね。

草刈 林さんにキュレーションをお願いした柚木沙弥郎展も同じだったのですが、そういうことって結構あるんです。だって、自分だけがスペシャルなことを考えているわけではなく、きっと、何百人、何千人、何万人の人たちも同時に「谷川さんってなんかいいな」と思っているわけで、その代表として展覧会をやる、というだけのことなんです。

ちょうどそのころ、『ぼく』(絵・合田里美 岩崎書店 2022)についてのドキュメンタリー(NHK ETV特集「ぼくは しんだ じぶんで しんだ 谷川俊太郎と死の絵本」)を見ました。「子供の自死」をテーマにした絵本をつくる姿を見て、改めて現役バリバリの人だな、これはすごいぞって思ったんです。それが展覧会を企画した大きな理由ですね。PLAY! MUSEUMでは作家を取り上げるとき、なぜいまなの?ということを大事にしています。

『ぼく』(作・谷川俊太郎、絵・合田里美)岩崎書店 2022年

――そこから、どう展覧会の内容を考えていったのですか?

草刈 谷川さんの絵本はたくさんあるので、まず俯瞰しようと、全リストをつくってみました。そしたら200冊くらいあって、知らなかったおもしろい絵本もたくさん出てきて、うわ!すごいな、と。1960年代に絵本をつくり始めて、いまなお続けている。絵だけではなく、初期から写真の絵本も出していて、とにかく表現が多彩。和田誠さん、長新太さんのように一緒に複数冊出している人もいるけど、一冊だけという人もたくさん。その表現のバラエティを紹介する展覧会にしたいと思いました。手に入る絵本を全部読んで企画書を書いて送ったら、その日のうちにいいですよと返事をもらえました。

――実際に展覧会制作はどう進めたのですか?

草刈 絵本を20冊くらい選んで、クリエイターたちがいろいろな手法で発展させる展示はどうだろうと最初に決めて、そこから、PLAY! MUSEUMらしい谷川さんの展示ってなんだろうと考えていきました。原画を見せるのがいい作品もあるし、『まるのおうさま』(絵・粟津潔 福音館書店 1971)や『とき』(絵・太田大八 福音館書店 1973)はアニメーションにしたほうが面白そうだ、人気の『もこ もこもこ』(絵・元永定正 文研出版 1977)は一部屋まるごと使おうというような叩き台をつくったところで、でも視覚的な表現がバラバラだから、何か展示方法に一貫性をもたせたいと思って、建築家の手塚貴晴さんに全体の空間構成をお願いしました。

――手塚さんはPLAY! MUSEUMを設計していますね。

草刈 はい。まずは谷川さんに会ってもらうことにしました。そこで手塚さんが「百貨店」というコンセプトがいいんじゃないかと提案してくれました。「バラバラというのは悪いことじゃなくて、ポジティブなことだと思うよ」と。そのとき手塚さんは谷川さんに車など趣味の話をたくさんしていたのですが、突然「車を展示したい!」と言い出した。でも僕は一度却下しました(笑)。

――会場の入り口前のスペースに置いてあるクラシックカーですね。

草刈 谷川さんが昔乗っていたものと同じシトロエンの2CVという車です。表現やテーマのバラエティと車、関係ないじゃないですか!って言ったんですが、手塚さんはじーっと考え込んでいた。

草刈 それで僕もあるときのことを思い出したんです。谷川さんに企画の相談をした早い段階で、「戦争や死などを描いた本がありますが、もともとテーマとしてやりたかったことなのですか?」と尋ねたことがあって、そうしたら「いや、リクエストがあったのもあるけど、そのときに思ったことをただ本にしているだけなんだ」とおっしゃった。谷川さんってその時代、その時代で感じたことを絵本にしているんですね。

だとするとやっぱり絵本の背景には、谷川さんが時代から影響を受けているものがあるから、会場で時代の空気を感じることができたり、よくわからないものがあったりしたらおもしろいのではないかと思いはじめました。

――そういう経緯があったのですね。

草刈 初めは絵本作品を真ん中に展示して、壁に棚をつくって雑多なものを置く案があったんです。例えば、たまごっちとか、ある時代に流行ったものを雑多に並べて百貨店みたいに陳列していく。谷川さんはこの時代のこれを見て、インスピレーションを受けて、この作品を書いたかもしれないと思えるように。

その一方で新作「すきのあいうえお」を進めていて、違う発想も生まれました。「すきのあいうえお」は、谷川さんが好きな言葉を五十音順にあげてもらって、それを写真で表現するという作品なので、会場に谷川さんが好きなものの実物を何点か並べてみてはどうだろうかと。一見、絵本作品には関係ないんだけど、見た人の頭に残って、絵本や作品の展示を見たときにまた自分の中に戻ってくるような。

――それで今回の会場には車や綱など谷川さんの好きなものが、一見唐突とも思える形で展示されているのですね。

草刈 よくわからない、でも魅力的なものを置くことで、意味を追いかけることから遠ざける役割にもなると思いました。そんな話を手塚さんにしたら、車が展示できるならいいよって(笑)。手塚さんがすごいのは、人と全然違う次元からものを見て、何もないところに思いも寄らないものを出現させてしまうところです。今回、バラバラなものを百貨店と呼ぶことでポジティブに変換して、そこに新作の「すきのあいうえお」が合体して、展覧会のスケールがぐんと広がりました。

――谷川さんとは展覧会を進めていく中でどんなやりとりがあったのですか?

草刈 きちんとお話をしたのは展覧会が決まってからだったのですが、いつもやろうとしていることを理解してくださる安心感がありました。結構具体的な話も突っ込まれます。「どうやって運営しているの? こんなことしてお金大丈夫?」とか(笑)。定期的に連絡を取り、展示のことを確認してもらっていたのですが、これから確認をいただく内容が増えそうだとお伝えしたところ、「好きにやってください」と言われてしまいました。

――信頼されていたのですね。でも、現役の人として紹介するつもりなのに……。

草刈 そうです(笑)。クリエイターと一緒に展示をつくるなかで谷川さんはどう考えるか聞きたいことがあったのですが、そのとき思ったのは、谷川さんはこんなことじゃ、ちっとも揺るがないんだなと。谷川さんがつくった作品が強いから、何をやったって影響をうけることがないんですね。

――谷川さんの展覧会をつくってみて、改めてどんな作家だと思いましたか?

草刈 底なし沼の人だなと。束になってもかなわない。言葉から生み出される世界の奥行き、豊かさを感じました。谷川さんの全貌をとらえることは不可能です。絵本の世界だけだって途方もない。だから、部分的でも、表面だけ浅くてもいいと思うんです。詩の一片でも、声でも、お顔でも、谷川さんに触れていることの喜びを感じられたらいい。そんな存在なんじゃないかなと思うんです。

――最後に、展覧会の見どころを教えてください。

草刈 『おならうた』(絵・飯野和好 絵本館 2006)のおならドームは笑ってしまう。『ぼく』や『かないくん』(絵・松本大洋 ほぼ日 2014)など「生」と「死」をテーマにした展示も感じ入ることができる。「すきのあいうえお」は自分の「好き」というパワーを引き出す大切な作品です。見た人それぞれが、自分はこれがよかったというものがあるはずです。
わかりやすい作品も、ちょっと踏み込んで考えないといけない作品もあるのが、谷川さんの絵本のバラエティでもあります。そして、やはり一人の作家がこれだけ違う種類の絵本をつくったというのはとてつもないこと。圧倒される感覚を楽しんでもらえたらうれしいですね。

草刈 大介(くさかり・だいすけ)

朝日新聞社勤務を経て、2015年に展覧会を企画し、書籍を出版する株式会社「ブルーシープ」を設立して代表に。PLAY! MUSEUMのプロデューサーとして展覧会、書籍のプロデュース、美術館や施設の企画・運営などをてがける。

TOPICS

「谷川俊太郎 絵本★百貨展」関連企画/2023年5月18日(木)−6月18日(日) OPEN:木・金・土・日の12:00−17:00
「谷川さんと粟津さんが絵本のなかでやろうとした、雰囲気をアニメーションに」
「谷川さんが、気持ちいいことばを追求した『ことばあそびうた』を、体感する展示に」
子どもから大人まで誰もが楽しめるおもしろい展覧会
谷川俊太郎の、絵と⾔葉の豊かな響きあいを味わう