「クマのプーさん」展 関連インタビュー いがらしろみさん

「日常をちょっと豊かにする、イギリスのお茶とお菓子」

「クマのプーさん」展に寄せて、さまざまな分野で活躍するクリエイターの皆さんにインタビューするシリーズ。第四弾は、菓子研究家のいがらしろみさんに、イギリスのお茶菓子文化と「クマのプーさん」について聞きました!

取材・執筆:いまむられいこ
コーディネート:森田藍子

素朴なところが魅力

――『クマのプーさん プー横丁にたった家』には、プーさんと仲間たちがお茶会を開く場面がたくさん登場します。1976年には、プーさんの絵とお話をちりばめた料理の本『プーさんのお料理読本』(文化出版局)も出版されています。

『プーさんのお料理読本』(文化出版局)

いがらし この本を見て、お菓子を作ったことがあります!懐かしいです。

私はもともとお菓子が好きで、製菓を勉強しはじめた時、フランスにはフランスの、イギリスにはイギリスのお菓子の歴史や文化があるおもしろさを知って、現地でそれを学びたくてパリに留学しました。卒業した後、おまけでロンドンにも1ヶ月くらい滞在したのですが、その時にスコーンとクランペットにハマりました(笑)。

華やかなフランスのお菓子に比べて、イギリスのお菓子って昔から素朴なんですよね。でも、その素朴で地味なところに良さがあると思って。誰かとおしゃべりしながらつまんだり、テレビで映画を見る時のお供にしたりと、日常がちょっと豊かになるようなお菓子。そういう目でイギリスのお菓子を眺めていると、作ってみたいものがどんどん目に入ってくるんですよ。

――イギリスらしいお菓子ってどんなものがあるのでしょう。

いがらし たとえばプディング。「〜プディング」という名前がつくだけでイギリスらしい感じがします。パン・プディングは、食パンをプリン液に浸してそれを耐熱皿に流してオーブンで焼きます。あとトライフルといって、ガラス容器にスポンジやクリームなどを層にして、スプーンですくって食べるお菓子も日本でよく知られていますね。

それからプーさんがハチミツと同じくらい大好きなマーマレードも、イギリス人にとっては大事な食材です。皆さん一家言ある感じで、「うちでは、ちょっと焦げ目がつくくらいカリカリに焼いた薄いトーストに、バターをしっかり塗り込んでから、マーマレードのピール厚めのちょっと苦甘い部分をのせる」とか、細かいこだわりがあるんですよ(笑)。

E. H. シェパード『The Pooh Cook Book』 原画 1969 年 E. H. Shepard, Illustrations for The Pooh Cook Book by Virginia Ellison. Courtesy of Penguin Young Readers Group, a division of Penguin Random House, LLC. © 1969 E. P. Dutton & Co., Inc.

カジュアルなお茶文化

――イギリスのお菓子は、フランスのお菓子とどんな違いがあるのでしょう。

いがらし イギリスのお菓子は「お茶のためのお菓子」という感じ。スーパーで売っているビスケットもとても充実していますし、多くの人が自分でお菓子を焼きます。カップケーキやパウンドケーキ、それにクリームを塗ったり、はさんだり。おうちでお茶をしながらそれをいただく、という光景がまだまだ普通にありますね。

たまたまロンドンにある教会のバザーに行ったら、テーブルの上に手作りのお菓子を並べて、紅茶を淹れてくれたりしました。そのくらい親しみやすいものなんです。

一方フランスは、どちらかというと食後のデザートとしてのお菓子に力を入れていますよね。お誕生日やクリスマス、家族が集まるちょっと特別な夕食に、有名なお店で買ってきたホールのケーキをみんなで食べる。重視しているところがお茶かデザートかで違うような気がします。

――『クマのプーさん』に登場するお茶の場面は、プーさんたちにとってはとてもカジュアルなことなんですね。

いがらし イギリスではちょっと集まっておしゃべりするのが、日常の「お茶の時間」。日本でも奥様たちがお茶するのと根本は同じなんです。時間も決まっていなくて、「そろそろ」みたいに、おうちでさくっと。使い慣れたマグカップにティーバッグをぽんと入れるだけ。

――ティーバッグでいいんですか。

いがらし なんでもいいんですよ、ほんとに日常的な感じなので。男女問わず、家事や仕事のあいまに、「さ、お茶にしましょう」と切り替えてお茶を飲みます。

前に、イギリス首相のスキャンダルで報道陣が自宅まで押しかけてきた時、首相が記者たちにお茶を振る舞って煙に巻こうとしていたのがおもしろかった(笑)。お茶って気持ちを切り替えたり、誰かと親しくなるきっかけになったり、時間を共有するということの象徴なのではないでしょうか。

プーさんの世界も、そんなに大イベントがあるわけじゃないけど、日々の営みのなかのちょっとした楽しいこととか、おもしろいこと。そういうことを大切にしている感じがありますね。

今だから惹かれる、手の届くしあわせ

――『クマのプーさん プー横丁にたった家』では「桃色のお砂糖のついているケーキ」が印象的に登場します。

いがらし イーヨーのお誕生日やお茶会に出される、皆のあこがれのケーキですよね。いったいどんなケーキか想像するのが楽しいんですけど、私はシュガーデコレーションケーキのことではないかと思うんです。イギリスで特別なケーキといえばこれ。特にウェディングケーキは絶対これ。高度な技術なので、専門の学校があるくらいです。フルーツケーキをマジパンとアーモンドペーストで覆って、さらにお砂糖のシュガーペーストで覆って、最後にアイシングでデコレーションします。

クマのプーさん 第10話 「クリストファー・ロビンが、プーの慰労会をひらきます。そして、わたしたちは、さよならをいたします」(石井桃子訳、岩波書店刊)より

ーー甘そうです(笑)。

いがらし イギリスのお菓子って単独ではなく、お茶があって成り立っているんです。たっぷりの紅茶やミルクティーと一緒にいただくので、そのための甘さや食べごたえがあるものが多いかもしれませんね。

ーー最後に。いがらしさんが好きなキャラクターはいますか。

いがらし 今はイーヨーが好きかな。でも、大人になって読み返すと、ここにある日常の楽しみ方というか、手の届く範囲のしあわせと美しい暮らしの光景に惹かれて、ああ、いいなあ、と思うのかもしれません。子どもの時には自然にやっていたようなことが、今になって「とても素敵なことだったんだな」と思い出させてくれる作品だと思います。

――ありがとうございました。

いがらしろみさんから、イギリスらしいお菓子「ヴィクトリア・ケーキ」のレシピが届きました!ぜひ手作りして「お茶の時間」を楽しんで。

ヴィクトリア・ケーキ

(15cmセルクル1台分)

卵 2個
薄力粉50g
ベーキングパウダー 1g
グラニュー糖 60g
溶かしバター 50g 
いちごフランボワーズジャム* 120g
粉砂糖 適量

1.薄力粉、ベーキングパウダーは合わせてふるっておく。
2.溶かしバターは、電子レンジで
3.型にオーブンペーパーをしいておく。
4.卵にグラニュー糖を加え、混ぜる。沸騰した鍋にボールを当て湯せんする。ホイッパーで混ぜながら、ときどき指を入れてみて、50度位になるまで温める。
5.温かくなったら湯せんからはずして、ハンドミキサーでふわっとするまで泡立てる。
一部を1に加えてよく混ぜる。
6.2を加え、ふるった1を加えてさっくり合わせて紙を敷いた型に流す。
7.170度のオーブンで20分焼く。
8.冷めたら、横半分に切って間にフランボワーズジャムを挟む。
9.仕上げに粉砂糖をふってできあがり。


*いちご&フランボワーズジャム 

1.いちごは、ヘタをとり、全体を手でつぶす。フランボワーズは解凍し、グラニュー糖、レモン汁を加えてよく混ぜながら煮る。
2.ツヤが出てきたら、キルシュを加えて混ぜて冷ます。

いがらしろみ

菓子研究家/株式会社romi-unie代表。日本とパリでお菓子作りを学び、2002年より、菓子研究家romi-unieとして活動をスタート。雑誌や書籍、テレビで活躍する他、2004年に鎌倉にジャム専門店、2008年、学芸大学に焼菓子とジャムの店をオープン。

romi-unie
http://www.romi-unie.jp/

TOPICS

2022年8月24日(水)、 8月31日(水)、9月7日(水)、9月14日(水)、9月21日(水)、9月28日(水)各14:00-
「シェパードにしか描けない絵の空気感がすごいな、って思います。」
「今回、驚くほど鮮やかで美しい原画に触れ、とっておきの発見がありました」
「本を読んだことがない人でも楽しめるように、物語への入口をたくさん用意しました」
「プーの物語そのままではないけれど、どこか共鳴しているものを感じてもらえたら」
「なんだか不思議で、ちょっとヘンな感じが魅力なんです。」