誰もが知っているクラシックな「クマのプーさん」を今っぽく。難しい注文に挑戦したのが、アートディレクターでグラフィックデザイナーの田部井美奈さん。チラシ、ポスター等の宣伝物や会場のグラフィックを担当しました。
取材・執筆:新谷麻佐子
ポートレート写真:高見知香
会場写真:加藤新作
プーさんの不器用でたどたどしい感じが、たまらない
――「クマのプーさん」は、もともとなじみのある作品でしたか?
田部井 知ってはいましたが、ぬいぐるみを持ったりしているわけではありませんでした。今回、本を読んで気づいたのが、「あ、知ってる!」ということ。いつ読んだのかは覚えていないのですが、プーさんのなんともいえない不器用でたどたどしい感じやぎこちなさ、そういうもどかしい感じがたまらない!という感情を思い出しました。
――本展では、まず何を制作されたのでしょうか?
田部井 ポストカードよりも小さい、ミニ広報物を作るところから始まりました。東京と巡回先の名古屋と2カ所同時に配布するということで、じゃあ違う絵柄がいいかなと思って、2種類作りました。
――本当に小さくてかわいらしい。紙は厚めですね。
田部井 大きさは大体このくらいと決まっていたので、だったらめんこのような感じがいいかなと。片面がボール紙のようで、物っぽくしたいなと。
はちみつ色はプーらしい色
―ミニ広報物もチラシも、明朝とゴシックが混ざっているのも目を引きました。
田部井 「プー横丁に立った家」の昔の文字組を生かして、活版ぽい書体を選びました。実は、全部が同じ書体ではなく、「の」だけ違う書体を使うなどしています。
昔から親しまれている「クマのプーさん」の世界を紹介する展覧会だけど、デザインとしては、クラシックでほっこりしたものではなくて、今っぽさを求められていたので、あまり甘くならないように、全体的にすっきりとソリッドに仕上げようという意識でやりました。その中に入るキャッチコピー「ようこそ、プーと仲間たちの森へ」は、メッセージ性が高い部分なので、ゴシックと明朝が混じった、物語っぽい雰囲気の書体を使っています。
――色はどのようにして選んだのですか?
田部井 書籍でも使われているはちみつ色は、プーらしい色だなと思い、ミニ広報物のときにベースの色として使いました。やっぱりかわいかったので、チラシでも踏襲しています。
――はちみつ色という名前の色があるのですか?
田部井 いいえ、私がそう呼んでいるだけです(笑)。このはちみつ色は、プーの体の色とも違います。プーは意外と黄緑方向の色。日本でよく目にするプーの色ってオレンジっぽいイメージがありますが、本の挿絵や原画のプーはオレンジではなく、赤と緑の掛け合わせ。そちらに合わせました。
――そのはちみつ色に合わせたのは、赤と緑の文字なんですね。
田部井 はちみつ色と相性のいい配色を選んでいます。会場のグラフィックも大体この配色で展開しています。
――チラシの紙は持ったときにふんわり優しい感じがしますね。
田部井 原画のデータを見たときに、紙自体にけっこう色があるなと思ったんです。これは白い紙に刷ると質感がだいぶ変わってしまう。今回の展覧会は、あまり世に出てこなかった貴重な原画が公開されるということだったので、原画の印象をちゃんと伝えたいなと。原画の持っている質感を外さない用紙選びをしました。色を少し敷いてもいるのですが、紙自体がもともと白色度の低くて、柔らかいものを選んでいます。
不器用なプーの世界に必要なのはアンバランス
――宣伝物だけでなく、会場の文字も手がけられていますが、A to Zのアルファベットの立体はどのようにして作っていったのですか?
田部井 書体については、立体の材質についても本展の空間デザインを手がけた齋藤さんと何度も話し合いました。中を発泡スチロールにして、外側にアクリルを貼るとか、いろいろなアイディアがあったのですが、展示用に作られた装飾的な文字、セットのような文字に見えてしまうだけは避けたかったんです。
あるとき私が「レーザーで木を切って塗装するという方法もあるのでは?」といったら、齋藤さんから「MDFを2枚重ねて切ると、思いの外、きれいに仕上がる」と提案がありました。MDFって、木材のチップを繊維化して固めたもので、着色されているものもあって使いやすいんです。サンプルを見たらまさに私がイメージしたものに近くて、それに決まりました。
「クマのプーさん」展「Pooh A to Z」 「クマのプーさん」展「Pooh A to Z」
文字の大きさも実は3種類あるんですよ。特大が3つ、中がたくさん、小がいくつか。プーさんの世界ってたどたどしかったり、不器用だったり、整いすぎていないところがあるので、合理的にレイアウトするより、空間にどんと大きなLが置いてある一方で、小さいものがちょこちょこと置いてあったりというアンバランスな感じが空間として面白いなと。
また、整然と並べると説明的になってしまいますが、アンバランスであることによって、押しつけられている感じがなくなり、直感的に見ることができると思います。
あと個人的に、会場を回って確認して、「ああ、よかった!」と思ったのが、ノースポールのところの文字。ここはパソコンの打ち文字ではなく、物語でクリストファー・ロビンがプーのために書いたように、手書きにしたくて、私が書きました。でも、普段の私の字そのままだと良くないと思ったので、打ち文字を出力してトレース。おかげでちょっとだけ変な文字になったと思います。程よい手書き感になりました。
原画に力があるから、余白が生きる
――田部井さんが手がけた展示台は、展覧会の見どころのひとつですね。
田部井 構成は3つで、この話に関しては2つの什器でやりますということは決まっていました。それで一度預かって、絵に対して天板はこの大きさでいいかな、文章の大きさはこのくらいでいいかな、文章は絵の上にあったほうがいいかなというのを、データー上で作り、原寸で出力して確認。それを何度も繰り返しました。最初の頃にできたのは、絵と文字が同じくらいに見えるものでした。
「これだと文章が強すぎるから、もっと絵に集中できる方がいいかも」という意見をもらって文字をぎゅっと小さくしたり。絵に対していい感じの天板の大きさ、絵や文字の配置、文字の大きさを決めて、「これだ!」というところまで詰めていきました。
けれども、いざアメリカから原画が届くと、原画についていたマットが予想以上に大きいことが判明。私が設計したものだと、マット同士がぶつかってしまうことがわかったんです。設計通りにすると天板を120%くらい大きくしなければいけない。スケジュールも迫っていたので、急遽、マットが接触しない位置のぎりぎりのところを探って、組み直しました。
そうすると必然的に余白が大きくなってしまって……。でも悲しんでいてもしょうがないので、とにかく絵に合わせて、一番きれいに見せられるレイアウトを考えて、完成しました。
内覧会のときに、齋藤さんと一緒に会場を回って、私も齋藤さんも「このくらいでよかったね」と。これまでの過程を知っているから、修正している間、空いてしまったなとか思うこともあったんですけど、いざ実物を見てみたら、意外とこのくらい空いているのほうがいいかもと思いました。
それはやっぱり原画が強いから。原画に力があるから全然気にならないんですよね。この強さがあれば全然問題ない。力がなかったら、間延びしているように見えたかもしれないですけど。
「クマのプーさん」展「百町森」 「クマのプーさん」展「百町森」
――板の色はすっきりとかわいらしい色ですね。
田部井 齋藤さんがこれまで手がけてきたお仕事を見て、題材もプーでしたし、展示台も木の窓の中に絵が見えるという感じかなと予想していました。そうしたら、齋藤さんが「こういうのもありかも」といって持ってきたのが、色つきのリノリウムでした。
「そっか、色つきもありなんだ! こっちで攻めてもいいんだ!」と思って、うれしかったんです。そのままサンプルを預かって、これもいいな、あれもいいなと選んだのが、少しくすんだピンクとくすんだグリーン、そしてきはだ色。結局、施工の段階で問題があって、リノリウムではなくシートになったのですが、色はイメージした通りの3色で進めました。
――あとは、田部井さんのお仕事といえばなんといっても、本展の公式図録ですね。早く見たいです。
田部井 諸事情で少し遅れてしまっていますが、9月に発売予定と聞いています。これまで日本で出版されてきた書籍を見ると、カラーの絵があまりきれいに印刷されていないように感じました。図録は、原画本来の色をできる限りお見せできるように作っています。貴重な一冊になると思うので、ぜひ手に取っていただけたらうれしいです。
田部井美奈(たべい・みな)
グラフィックデザイナー・アートディレクター。2003年より有限会社服部一成に勤務。’14年に独立、田部井美奈デザインを設立。広告、パッケージ、展示、書籍などの仕事を中心に活動。主な仕事に『石川直樹 奥能登半島』、『(NO) RAISIN SANDWICH』、『THE YOASOBI MAGAZINE』、『PARCO CHRISTMAS 2020』、『武蔵野美術大学 イメージビジュアル』、「Ginza Sony Park『#009 WALKMAN IN THE PARK』」、展示『光と図形』、『マダム・キュリーと朝食を/小林エリカ』など。2019 ADC賞受賞。