『なおみ』(写真・沢渡朔 福音館書店 1982)は、写真家・沢渡朔さんがこの展覧会のためにプリントした写真と、講談師・神田京子さんによる朗読で、新たな息吹がふき込まれました。神田さんに、今回の展示について聞きました。
取材・執筆:天田泉
会場撮影:高橋マナミ
ポートレート撮影:高見知香
―『なおみ』の朗読は、谷川さんからのご指名だそうですね?
京子 こんなすばらしい機会をいただけるのが、最初はちょっと信じられなかったです。でも、俊太郎さんは、私のことを以前から知っているから、そのままの自分でいいんだという安心感はありました。芸人ゆえのもっと内面のところでしゃべっていいんだよ、っていうことかなって勝手に想像して。
―講談のときとはまた違う、落ち着いた声ですね。
京子 俊太郎さんのことばと沢渡さんの写真とで世界観はできあがっているので、それをただ音でお届けするだけだから、余計なことはしないで、淡々と読みました。ただ、声のトーンがなかなか決まらなくて、収録の前日に、美術館の展示場所を見せてもらったんです。ここのトンネルに入ったら、ふと「あ、そうか、ここは母親の胎内なんだ」と思って、迷わず声のトーンが決まりました。
京子 最初は、もっと明るい声だったんですよ。少女の声に徹して「なおみ」「なおみ」って話しかけて。自由に解釈していいと言われていたので、少女は多分、優等生だろうと。優等生ゆえの誰にも言えないことを、全部、人形のなおみに言ってたんだろうなって。私も子どもの頃にフランス人形が家にあって、それに話しかけていたんですよね。
―『なおみ』は “孤独” がテーマだと、解釈したそうですが。
京子 今回、俊太郎さんが「京子ちゃん、そろそろ孤独を受け入れて、自分を愛でなさい」と言ってくれた気がしました。俊太郎さんも詩を書きはじめて、救われた部分は多かれ少なかれあると思うんです。見るもの聞くものが、いいものに囲まれて育ってらっしゃるから、それはそれで世間ズレして孤独な部分があったのではなかろうかと。私の想像なんですけれど。
私も芸人として救われた部分っていうのは、似たようなところがあります。孤独を受け入れるとやっぱり前に進めるんです。『なおみ』の少女も同じかな、と。
―神田さん自身も、優等生であることに葛藤があった?
京子 そうですね。芸人になっても、やっぱり優等生の自分から逃れられないわけですよ。楽屋がむちゃむちゃになっちゃいけないから調整役になったりとか。芸人はもっと自由でいいのに、やっぱりそこは変えられないんです。
昔、破天荒だった人が、今はまっとうな人生を歩んでますっていうと、注目をあびやすいけれど、世の中の多くはそうじゃないと思うんです。その人たちの心の闇や孤独感が、私の講談師としてのテーマかなっていうのが、最近どんどんはっきりしてきたんです。「戦じゃ!」「討ち入りじゃ!」と拳を突き上げるより、「人間ってそうだよね」とそっと包み込む、そんな講談がしたい。
―神田さんの声には、母性を感じます。
京子 『なおみ』の最後を読んで、なおみの“死”は、少女の童心が死んだのだと思いました。少女から大人になっていくときに、なおみは死んだ、私のなかの少女は死んだ、次に行かなきゃいけないんだという、漠然とした不安感。
その後、少女が大人になって、屋根裏部屋にあった人形を見つけて、眠る娘のそばに置くんです。私も子どもがいるのですが、人形をそっと置いた場面では、わが子も自分と同じような葛藤をするだろうけれど、「大丈夫だよ」という気持ちが勝手にどんどんわいてきました。やっぱり、俊太郎さんの作品ってすごいですよね。
展覧会に来るお客さんにも、私が「なおみ」に対していろいろ浮かんだように、それぞれ感じる世界があるはずです。そこに行って、ぜひ、自分を見つけ受け入れてあげられたら素敵ですね。
神田 京子(かんだ・きょうこ)
講談師。1999年二代目神田山陽に入門。山陽他界後は神田陽子に師事。2014年日本講談協会・公益社団法人落語芸術協会にて真打昇進。寄席や講談会、独演会の出演の他、「講談+α」のコラボ公演も各地で開催。2021年度(第76回)文化庁芸術祭賞優秀賞(「金子みすゞ伝~明るいほうへ~」他)、2021年度岐阜県芸術文化奨励賞受賞。夫は詩人桑原滝弥。一児の母。2020年より山口へ移住。山口⇄東京の二拠点の視点を持ちながら新たな講談の可能性を模索している。