取材:新谷麻佐子
写真:高見知香
絵本、工芸、漫画と、ジャンルを問わず、国内外の作家の展覧会を開催してきたPLAY! MUSEUM。3年目を迎えたこの夏、2022年7月16日(土)より、貴重な原画約100点を展示する「クマのプーさん」展が始まりました。
プレス内覧会には、展覧会制作チームよりPLAY! プロデューサーの草刈大介、建築家で空間デザイナーの齋藤名穂さん、アートディレクターでグラフィックデザイナーの田部井美奈さん、映像インスタレーション作家の岡本香音さんが登場。制作の舞台裏を教えてくれました。
作品の誕生からおよそ100年。なぜいま改めて「クマのプーさん」なのか?
草刈 PLAY! MUSEUMは、アメリカのエリック・カール絵本美術館と協力関係にあり、これまでエリック・カール展とアーノルド・ローベル展を、一緒に作ってきました。3年目の今年は、同美術館との共同企画として、クマのプーさん展を開催します。
『クマのプーさん』は1926年にイギリスの作家A.A.ミルンによって作られた児童文学作品ですが、たちまちイギリスとアメリカで大人気になりました。1950年代〜60年代になると、アメリカの出版社ダットンが、挿絵を描いたE. H. シェパードに依頼して、新たにカラーの絵を描いてもらいました。その原画は現在エリック・カール絵本美術館にアーカイブされています。
僕がアメリカを訪れ、カラー原画を見たときの印象は、うそみたいにきれいな絵だなということ。まるで昨日描かれたかのよう。これまでほとんど展示されてこなかったので、とてもいい状態でした。
さて、この大変貴重な原画をPLAY! MUSEUMでどのように見せるべきか。それが課題となりました。思い至ったのは、「どうしてこんなにも長い間、クマのプーさんが愛され続けているのか」ということ。シェパードが描いた絵を手がかりに、その歴史を紐解いたり、視点を変えてみたり、そういうことができたらいいのではないかと考えました。
僕らが知っている「黄色くて、のろまで、おっちょこちょいなプーさん」というその姿は、シェパードが作り出したもの。ミルンがお話を作り、言葉にしたものに、シェパードが形を与えて、色を与えて、背景を与えました。文章に書いていないことをシェパードがたくさん描いています。比類のない2人の功績を入口にして、展覧会を楽しんでいただけたらと思います。
さあ、いよいよ展覧会会場へ。展示室を巡りながら、解説は続きます。
「Pooh A to Z」:クマのプーさんはどうして愛されるのか?
最初に迎えてくれたのは、「Pooh A to Z」のコーナー。クラッシックな雰囲気が漂う素敵なアルファベットが床や壁に並んでいます。ここはAからZまでの26のキーワードで「クマのプーさん」の世界を掘り下げます。
例えば、Cはクリストファー・ロビン、Pはピグレット(コブタ)のようにキャラクターの紹介をしたり、Nはノース・ポールのようにお話に登場するキーワードであったり、そしてMは作者のA. A. ミルン、Iは日本語版の翻訳を手がけた石井桃子という具合です。
会場デザインを担当した齋藤名穂さんとグラフィックデザインを担当した田部井美奈さん、どのようにしてこの空間ができたのですか?
齋藤 原画を見る前の導入部分として、プーさんの後ろに広がる世界を見せたいというのがありました。人によって物語体験はさまざまなので、物語と出会う入口をたくさん作りたいと思ったんです。
草刈 田部井さんには、ポスターやチラシなど展覧会のグラフィック全般をお願いしていて、A to Zの書体をはじめ、会場の文字もデザインしてもらいました。A to Zの書体については、どのように決めたのですか?
田部井 A to Zの書体は、4冊の原書のタイトルに寄せたもの。立体にする際、素材や質感、佇まいについて、齋藤さんと議論を重ねました。ただ懐かしい、かわいいクラシックにはならないように、洗練された素材感、書体、文字組というところは意識しています。
続いて、原画が展示されている「百町森」へ。
その途中には、森へと続く小道のような細い通路があり、作家の梨木香歩さんによる書き下ろしの詩のような文が、プーたちが暮らす百町森へと導いてくれます。
「クマのプーさん」展「森のなかを行こう」 「クマのプーさん」展「森のなかを行こう」
「クマのプーさん」に造詣が深く、イギリスで暮らしていたことのある梨木さんの目線で、プーさんの世界やイギリスの森、季節の移ろいについて優しく温かく綴られています。
プーとあるく、クリストファー・ロビンとうたう
「クマのプーさん」展「百町森」 「クマのプーさん」展「百町森」 「クマのプーさん」展「百町森」
こちらが、原画約100点が並ぶ展示室。アメリカの出版社からの依頼で、「クマのプーさん」の物語とクリストファー・ロビンの詩のために、シェパードが新たに描いたイラストレーションです。
この部屋で存在感を放つのは、階段とスロープ。どのような狙いがあって、このようなデザインになったのでしょうか。
齋藤 原画の展示室では、百町森を歩きながら原画に出会うという体験ができたらいいなと。ひとつは、「クマのプーさん」の物語と、クリストファー・ロビンの詩という2つの世界が、ひとつの場所で呼応することを意識しました。そのために、この坂道や大きな階段のアイディアが生まれました。
もうひとつは、展示室に入ってバーンと全体が見渡せるのではなくて、絵を木の下から見たり、坂道から見たり、いろいろな出会い方ができるようになっています。そして階段の上からは、森を一望できるようにしました。物語の最後で、クリストファー・ロビンとプーさんが2人で語り合う丘をイメージしています。
草刈 僕らが一番大切にしたかったのは、絵と言葉の関係。どうやったらストレスなく、絵と言葉の世界に入り込めるのか。それを形にしたのが、この生き物のような脚のついた展示ケースです。絵とテキストの距離感や書体は、田部井さんのデザイン。田部井さん、完成を見てどうですか?
田部井 すごくいいなと思いました(笑)。出力をして事務所で何度もシミュレーションはしていたのですが、不思議なフレームに原画が入ると、文字と絵が一体化して、言葉もすっと入ってくるし、絵の良さもわかる。予想以上に素晴らしくて、感激しました。
草刈 紺色の額に入っている原画は、2冊の詩のために描かれたイラストレーション。一部の詩は読むことができるようにレイアウトされています。詩は、ミュージシャンの坂本美雨さんに朗読してもらったものが、会場に流れています。
齋藤 物語の中でも、気持ちが高まったプーさんがミュージカルのように詩をかなでる場面があります。詩って、そういう日々の生活の気持ちとすごくリンクしているのだなと。A to Zの解説文の執筆と展覧会を監修してくださった安達まみ先生は、子どもの頃、イギリスで暮らしていらして、クリストファー・ロビンの歌を朗読していたとおっしゃっていました。会場でも耳から入ってくるという経験をぜひしてもらいたくて詩の朗読を加えました。
映像インスタレーション「アッシュダウンの森のきろく」
展覧会の最後を飾るのは、「クマのプーさん」の舞台となったイギリスのアッシュダウンの森の映像です。アッシュダウンの森は、ロンドンから南へ車で1時間半のところにあります。作者のミルンが実際に息子のクリストファー・ロビンと、シェパードも「クマのプーさん」を描くために何度も通った場所です。作品の誕生からおよそ100年。現在のアッシュダウンの森を映し出すべく、映像作家の岡本香音さんが今年の5月に渡英しました。
岡本 この話をいただいた時にまず思ったのは、仰々しく「これが撮ってきた映像です。ぜひご覧ください」といって、画面の前で見てもらうというのにはしたくないということ。かといって、散文的に映像を配置してしまうと、とりとめもなくなってしまう。そのバランスを大切にしました。
草刈 そうして撮ってきてくれたのは、朝から日が暮れるまでのアッシュダウンの森。上空から撮影した映像だったり、ぐっと寄ったものだったり、動物がいたり、子どもがいたり。自然が広がっていて、音があって、光が注いでいて、目に見えない演出もいろいろあるので、すごく不思議な空間になっています。今回、映像を映し出すスクリーンとして、半透明の幕を使っているんですよね?
岡本 平たい言葉でいえば、レイヤー感ですね。森って、囲まれていながらもその先に続く道がある。この空間でも、映像の中だけで進んでいることじゃなくて、目の前にたくさんの物語があって、その奥にも別の物語が存在しているんだなということを感じてもらえたらと。
「クマのプーさん」展には、ほとんど誰も見たことがない貴重な原画をはじめ、より深く物語を味わうためのユニークで楽しいしかけがたくさん!
プーさんと仲間たちが暮らす森へ、どうぞお越しください。
齋藤名穂(さいとう・なお)
建築家、デザイナー。UNI DESIGN主宰。ヘルシンキ芸術デザイン大学空間デザイン修士課程修了。「建築空間を、五感や個人の空間の記憶を頼りにデザインする」をテーマに活動。最近の主な仕事に、「アーノルド・ローベル」展、「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展、「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」展(Eurekaと共同設計)、長野県立美術館の「ひらくツール」、庭園美術館のウェルカムルームのための「さわる小さな庭園美術館」など。
田部井美奈(たべい・みな)
グラフィックデザイナー・アートディレクター。2003年より有限会社服部一成に勤務。’14年に独立、田部井美奈デザインを設立。広告、パッケージ、展示、書籍などの仕事を中心に活動。主な仕事に『石川直樹 奥能登半島』、『(NO) RAISIN SANDWICH』、『THE YOASOBI MAGAZINE』、『PARCO CHRISTMAS 2020』、『武蔵野美術大学 イメージビジュアル』、「Ginza Sony Park『#009 WALKMAN IN THE PARK』」、展示『光と図形』、『マダム・キュリーと朝食を/小林エリカ』など。2019 ADC賞受賞。
岡本香音(おかもと・かのん)
東京都生まれ。早稲田大学卒。基幹理工学部土田是枝研究室で是枝裕和監督らの指導のもと短編映画を制作。在学中からフリーランスのカメラマンとして活動。『美と、美と、美。 資生堂の スタイル展』(2019年、日本橋髙島屋)ではロボットを使ったインスタレーションで展示も手掛けた。2022年4月に電通入社。
草刈大介(くさかり・だいすけ)
朝日新聞社勤務を経て、2015年に展覧会を企画し、書籍を出版する株式会社「ブルーシープ」を設立して代表に。PLAY! MUSEUMのプロデューサーとして展覧会、書籍のプロデュース、美術館や施設の企画・運営などを手がける。