PLAY! インタビュー「クマのプーさん」展 監修 安達まみさん

「今回、驚くほど鮮やかで美しい原画に触れ、とっておきの発見がありました」

PLAY! MUSEUM「クマのプーさん」展(2022年7月16日(土)ー10月2日(日))の監修と、会場内の「Pooh A to Z」コーナーの解説文を手がけた安達まみさん(聖心女子大学教授)。長年、「クマのプーさん」を研究してきた安達さんでも、これまでなかなか人目に触れることのなかった、貴重な原画の数々に感銘を受けた様子。展覧会の見どころをお聞きしました。

取材・執筆:新谷麻佐子
会場写真:加藤新作

坂本美雨さんの美しい朗読が、想像を掻き立てる

――展覧会の率直な感想をお聞かせください。特に好きなコーナーなどはありましたか?

安達 どこが好き?と聞かれても答えに困ってしまうくらいすべてがすばらしいと思いました。実はPLAY! MUSEUMに行くこと自体初めてだったのですが、まず大きなポスターが迎えてくれて、そのすぐ横に小さなアーチ型の入口があり、小さな世界に入っていくような気がして、とてもわくわくしました。

「Pooh A to Z」のコーナーに入ってすぐ目に飛び込んできたのがBのクマ。ぬいぐるみのクマは、シュタイフのクマとも違うし、ディズニーのクマとも違う。顔がシュッとしたかっこいいクマで、それがまた素晴らしい。色合いも切り株のような台座にぴったり。期待に胸を踊らせ、「クマのプーさん」の世界に入り込んだ瞬間、かっこいいプーさんとご対面。そんなハッとするような演出に感動しました。

「クマのプーさん」展 「Pooh A to Z」

お隣のCのクリストファー・ロビンのところは、ブーツやコート、帽子がかけてあります。監修の立場上、もちろん知ってはいたのですが、それでもちょっと謎な感じがあって惹かれました。

ブーツを見て、個人的に思い出すのは、娘がイギリスのボーディングスクール(全寮制の学校)に通っていた頃のこと。そのボーディングスクールがアッシュダウンの森に近いところにあって、あのあたりはぬかるんでいることが多いので、ゴム製のウェリントン・ブーツは、親が必ず用意しなければいけないアイテムでした。実際、娘も秋から冬学期、そして春にかけてとずっとブーツは履いていたようです。

そんな個人的な思い出を抜きにしても、オブジェとして「お、これはなんだ?」と驚くような感じがあっていいなと思いました。

GのGloomy Place(イーヨーのしめっ地)のところには、まさに挿絵通りのイーヨーのおうちがあって、いろいろな種類の棒切れを一生懸命集めた感じが、プーらしくっていいですね。

「クマのプーさん」展 「Pooh A to Z」

ちょうどGの辺りから、坂本美雨さんの朗読が聞こえてきます。声に透明感があって、プーさんの物語にとても合っていると思いました。きれいな英語が心地よかったです。坂本さんがニューヨークで育ったとあとから知って納得しました。「クマのプーさん」は1920年代の発売当初から、イギリスとアメリカで出版されているので、坂本さんの朗読を聞いていると、「こんなふうにアメリカの子どもたちもプーさんの物語を読んだり、詩を口ずさんだりしたんだろうな」と想像することができて楽しいです。

Vのfour volumes(4冊の本)には、私が持っていた本(「クマのプーさん」「プー横丁に立った家」「クリストファー・ロビンのうた」「クマのプーさんとぼく」の原書)を並べていただきました。

それらは、イギリスに住んでいた頃、大家さんがプレゼントしてくださったもの。繰り返し読んだので、本当にボロボロになってしまったのですが、あのような美しい空間にスポットライトを当てて並べてくださって、本当に感動しました。まるで昔のお友達に再会したような気分でした。

「クマのプーさん」展 「Pooh A to Z」

XのXmas Eve(クリスマス・イヴ)には、「クマのプーさん」が初めて新聞に載った記事の複製が展示されていて、私も資料は見たことがあったのですが、実物大で見ると、意外と挿絵が大きくて驚きました。

新聞の挿絵は、シェパードではなくJ.H.ダウドが描いていて、ダウドのクリストファー・ロビンはたくましくて、ショートパンツにTシャツといった現代風の装いです。どちらかというとシェパードのクリストファー・ロビンは古風で、かわいらしいチェックのスモックを着ています。描かれた時期としては、ダウドの絵の方が古いのですが。実物大の新聞で見ると、こんなふうにプーさんは初めて登場したんだ!というのを実感できて面白かったです。

ついさっきシェパードが描き上げたのかと思うほど鮮やかで美しい原画

――原画の展示室「百町森」はいかがでしたか?

安達 原画が本当に素晴らしくて、こんなにきれいなの?と驚きました。挿絵は印刷されているものは何度も見ているのですが、カラー原画を見るのは初めてだったので。原画は、色の彩度と明度が高く、線も鮮やか。場合によってはあえてファジーにすることもあると思うのですが、それらが手に取るようにわかります。保存状態が驚くほどよくて、ついさっきシェパードが描き上げたのではないかと思ってしまうほど。印刷ではわからないディテールがよく見えるので、実は今回、気づいたことがたくさんあります。

――それはぜひお聞きしたいです!

安達 例えば、プーの慰労会の絵がありますよね。クリストファー・ロビンがプーにプレゼントをしていて、そのプレゼントを見に、みんなが集まっている場面です。よく見ると、ウサギの親戚のひとりがテーブルの上で未練がましく食べている(笑)。もちろん、ミルンの文章にはそんな記述はどこにもないので、シェパードが工夫したことなんだと思います。それがすごくかわいいなと思いました。

「クマのプーさん」展 「百町森」

それ以上に、私の中でのとっておきの発見もありまして(笑)。トラーとルーが木の上に登っていて、プーとコブタが下から彼らを見上げている挿絵です。もともと大好きな絵で、シェパードの力量が発揮された素晴らしい一枚だと思います。

よく見ると、プーとコブタのずっと後ろの方に、白い木の看板があります。本の見返しにある地図と見比べるとよくわかるのですが、これはコブタの家なのではないかと。原画を見るまで気づかなかったので、展覧会図録の原稿では触れることができませんでした。特別な発見です。

詩の挿絵ならではのお楽しみもたくさん!

――詩の絵はどうでしょう? ミルンの詩にはなじみのない人も多いと思うので、注目ポイントなどを教えていただけたら。

安達 詩は、子どもの日常を描いたものもあれば、伝説や物語、ナーサリーライム(童謡詩)を描いたものもあります。具体的には、おなじみのクリストファー・ロビンもいますし、王さまやお妃さま、扮装をしたクリストファー・ロビンも登場します。あとは、物語には登場しない動物たち、例えば、3びきの子どもきつねとか、ねずみなどが出てきますね。そういった詩の方にしか登場しないキャラクターや動物の中から、ぜひお気に入りを見つけてください。

今回、詩の挿絵を見て気づいたのが、シェパードは女の人を描くのが好きだったんじゃないかなということ。ミルンの詩の中でも特に評判が高かったものに「王さまのあさごはん」というのがあるのですが、ちょっとぽっちゃりした王妃さまがとてもかわいらしく描かれています。この詩には乳搾りの娘も登場していて、シェパードは女の人の表情を捉えるのが本当に上手。一方、王さまなんかは、等身大なんですよね(笑)。

他には、ロンドンの街並みや当時の風俗をのぞけるのも楽しいですね。今でもロンドンの街を歩いていると、地下から外階段を通って地上に上がるところにつけられた柵を見つけることができるのですが、そのような柵のうしろからのぞくクマが描かれているんです。こういうロンドンらしい情景も見ていて楽しいです。

ミルンは、ロンドンのチェルシーと、イーストサセックス州のアッシュダウンの森の近くに家を持っていて、2つの家を行き来していました。ご存じの通り、プーの物語はアッシュダウンの森を舞台にしていますが、詩の方では、ロンドンの街角の情景を上手にファンタジーとして見せてくれている作品も多いと思います。

ミルンの文とシェパードの絵は切っても切り離せないもの

――ミルンとシェパードの優れた点とはどういうところでしょう?

安達 ミルンの作品がユニークだったのは、アッシュダウンの森を舞台に、おもちゃのクマを置いたこと。そして、展示室の最後にある絵「くらやみの中で」を見ると、ミルンの文とシェパードの絵が切っても切り離せないものだというのがよくわかります。

プーさんが鏡の破片の前で体操をしている絵もそうです。ミルンの文を見ると、ただやせる体操をしているとしか書いていませんが、絵を見ると、プーは鏡の破片の前で体操をしています。それだけで、「プーは一体どこからこの破片を持ってきたのだろう?」とか、「確かに自分の姿を見ながらやったほうが、ダイエット効果はありそうだけど、プーもそんなことを考えるのかな」など、いろいろな想像を掻き立てられます。

「クマのプーさん」展 「百町森」

最初の頃は、シェパードはいろいろなバージョンの絵を描いて、ミルンと相談していましたが、ある程度、型が決まってくると、あうんの呼吸で描けたようです。

ミルンは、プーは元気そうに森を歩いていましたと書くだけ。そこにはハリエニシダがあったなんてことは書いていません。シェパードが、アッシュダウンの森に通って、スケッチを重ねたからこそ、プーたちが暮らす森のディテールが生き生きと浮かび上がっていきました。

ある意味、シェパードの絵は、プーさんを文化的なコンテクストの中に位置づけるという役割を果たしていたと思います。家のインテリアもそうですし、アッシュダウンの森という、リアルにある森にプーを置いたというのもシェパードの大きな功績です。

――展覧会を監修する上で、気をつけたこと、意識したことなどはありますか?

安達 やっぱり「Pooh A to Z」のコーナーがすごくよかったかなと思います。「クマのプーさん」の物語をある程度知っている人なら、いきなり原画と向き合っても問題ないと思うのですが、必ずしもみんなが知っているわけではないので。

先日、実際に会場を回っていたときのこと。親子連れや大学生のグループなどが訪れていて、皆さんの会話が聞こえてきました。大学生の男の子たちが、プーとコブタが並んでいる絵を見て、「ふたりは仲がいいね、リア充なんだね」なんてことを言っていて(笑)。それを見て、ああ、いろいろな方がそれぞれいろいろな想像を楽しむ展覧会になっているなあと。監修をさせていただいている身として、大変うれしく思いました。

――安達さんの解説は、9月に発売予定の展覧会図録でもたっぷり楽しむことができます。もっと深く知りたいという方はぜひお手にとってご覧ください。

安達まみ(あだち・まみ)

聖心女子大学教授。英文学者、翻訳家。文学修士(東京大学)。文学博士(Ph.D.,Shakespeare Institute)。元日本シェイクスピア協会会長。著書に『くまのプーさん 英国文学の想像力』(光文社新書)他。訳書に『クマのプーさん スクラップ・ブック』『英語対訳 ムーミンコミックス』(筑摩書房)、『アンデルセン』(岩波書店)、『ルイス・キャロル伝』(共訳・河出書房新社)他。

TOPICS

2022年8月24日(水)、 8月31日(水)、9月7日(水)、9月14日(水)、9月21日(水)、9月28日(水)各14:00-
「本を読んだことがない人でも楽しめるように、物語への入口をたくさん用意しました」
「シェパードにしか描けない絵の空気感がすごいな、って思います。」
「なんだか不思議で、ちょっとヘンな感じが魅力なんです。」
「日常をちょっと豊かにする、イギリスのお茶とお菓子」