PLAY! インタビュー「クマのプーさん」展 映像インスタレーション 岡本香音さん
PLAY! MUSEUMで開催中の「クマのプーさん」展(2022年7月16日(土)ー10月2日(日))。E. H. シェパードの美しい原画をたっぷり堪能した後に待っているのは、現在のアッシュダウンの森の映像です。撮影したのは、映像インスタレーション作家の岡本香音さん。物語の舞台となったイギリスの森で、彼の目に映ったものとは。
取材・執筆:新谷麻佐子
ポートレート写真:高見知香
会場写真:岡本香音
プーのなんだか回りくどい言い方が好き
――「クマのプーさん」は、読んだことはありましたか?
岡本 もちろん! 今回は、イギリスに行くときの機内でも読みました。
――久々に読んでみて、どんな印象でしたか?
岡本 何回読んでも素晴らしい作品ですね。印象に残っているのは、フクロの玄関先にイーヨーのしっぽがあったシーン。プーは見つけてすぐに、それはイーヨーのしっぽだというんじゃなくて、「ほかに、これをほしがっている人がいるんです」と、なんだか回りくどい言い方をする。そういうところが好きですね。
――以前にもイギリスの森は行ったことがありましたか?
岡本 両親が旅好きで、家族でヨーロッパに行くことはあったのですが、イギリスは今回が初めてでした。そもそも最初から最後までひとりで海外を旅すること自体初めてで。しかも、行き先はGoogleマップでも正しく表示されないような田舎道。車に付いているナビが唯一の頼みの綱でした。
道がどこに繋がっているかもわからないまま、車を走らせました。6日間、アッシュダウンの森に通ううちに、なんとなく「ああ、ここにこれがあって……」とわかるようにはなってきましたが、「昨日見つけたあのきれいなところに今日も行けるかな?いや行けないかな?」というような感じ。たとえ同じ場所に行けなかったとしても、新しい出会いがあるかもしれないというわくわく感がありました。
雨続きの4日間。一瞬の晴れ間に現れた一面のブルーベル
――カメラは大きなカメラで撮られたのでしょうか?
岡本 シネマカメラという結構ちゃんとしたものを担いで森の中を歩きました。雨が続く中、とにかくめちゃくちゃ歩きました。そう、実は滞在中、ずっと雨か曇りで。雨が多いことで有名なイギリスだからしょうがないと思いつつ、毎日通って撮り続けました。
4日目の午後、ああ、もう、これがリアルのアッシュダウンの森でした、と言って帰るしかないか……と思った矢先、急に光が差したんです。「これはきっと何か撮れる!」と慌てて森の中へ。すると一面、光り輝くブルーベルが広がっていました。
これを見た瞬間、「よし、仕事ができた!」と安心して(笑)。でも雨や曇りが続いていたからこそ、一瞬の晴れ間にすごく感動するし、滞在中いろいろな天気を楽しむことができました。そもそも雨の日だって、森の動物たちは普通に暮らしていますしね。
――行く前に、どのようなものが撮りたいというイメージはありましたか?
岡本 唯一、訪れようと思っていた場所といえば、有名な「プー棒投げ」の橋くらい。そこを1つの起点にはしましたが、橋の写真は誰もが撮るし、インターネット上にも溢れているので、あえて僕が撮る必要もないかなと。でも行ってみたら、親子連れがたくさんいたので、声をかけて撮らせてもらいました。橋を撮りたいというよりは、クリストファー・ロビンと同じくらいの年の子たちが今もアッシュダウンの森で遊んでいるよ、というのを記録するような感じです。
ある意味、天気が悪かったおかげで、「どう?きれいな景色でしょ?」という映像ばかりにならないで済んだというのはありますね。橋にいた親子のように、森の中には日々の営みの積み重ねがあるというのを撮れましたから。
森に囲まれて幸せと思ってもらえたら
――会場では、複数の映像が同時に流れていますね。その意図は?
岡本 まずは、この空間でのんびりと過ごしてもらえたら、森の中にいる気持ちになってもらえたらと思いました。会場では、原画を見ることに集中したあと、この映像空間に潜り込みます。ここでは再び何かに集中する必要はなく、なんだか森に囲まれて幸せという空間にできたらと思いました。
さらにいうと、映像自体は、こちらがこれを見てくださいと押しつけるものではなく、その人だけの出会いがあるといいなと思いました。もちろん、僕が撮影し、編集した映像なのですが、会場には画面が複数あり、雑然といろいろなものが入り混じりながら映像が流れていくので、ある人はあっちの映像を見ていて、別の人はこっちの映像を見ている。音がして思わず振り返ってみたら、何かそこにあった、というように、見る人にとって選択の余地のあるものにしたいと思いました。
――これは1日の始まりっぽいとか、なんとなく時間の流れはわかりますが、映像自体の始まりと終わりがいつなのかはわからないようになっていますよね。
岡本 今日この時間にふらっと入って、たまたま目にしたワンカットというのがあると思います。僕は、最初に気になると思った景色って、実はすごく重要だと思っていて、たまたま目にしたものが気になって、ずっと見てみたいとか、もっと奥に行ってみようとか、森の中での出会いってそういうものだと思うので、この空間でもそういうふうに過ごしてもらえたら。
「クマのプーさん」展 「アッシュダウンの森のきろく」 「クマのプーさん」展 「アッシュダウンの森のきろく」
この先に何かありそうという気持ちを揺り起こす
――布に映像を映し出すアイディアはどこから?
岡本 PLAY! プロデューサーの草刈さんや空間デザインを手がけた齋藤さんに相談をしつつ、決めました。今回は空間をきっちり仕切るのではなく、布を同心円状に配置することで、布を避けつつ空間に迷い込んだり、気づいたら空間の真ん中にいたりというのが、まさに森っぽくていいなと。また、半透明の布を使うことで、この先にも何かあるな、行ってみようかなという気持ちを揺り起こしてくれると思います。
もちろん、半透明の布を選んだことによって、失ってしまった映像のディテールはあります。真っ暗な空間でちゃんとしたスクリーンに映したほうがクリアに見えますから。でもそれ以上に、今日ここに来てあれを見たんだという体験の方が、価値があるなと。
――森の中や、森に向かって走るドライブ映像も見ていてわくわくしました。
岡本 今回、車載カメラを使ったのは、大正解でした。海外だし、何があるからわからないから、ドライブレコーダーを兼ねて、設置したんですけど(笑)。
僕自身、車を運転している時間が本当に楽しくて、森に来たな!とずっとわくわくしていました。車だと景色がどんどん変化し、森がどんどん立体的に見えていく。また、見にきてくれた人たちも、このドライブ映像があることで、特に説明をしなくても、誰かの旅の記録なんだなということがわかる。ああ、アッシュダウンの森って本当にあるんだとか、町から行けるところにあるんだとかとか、現実との架け橋にもなります。
作品が生まれて100年が経った今でも、アッシュダウンの森は変わらずそこにあります。派手なことは特になく、普段、自分の回りであることとそう変わらないけど、行ってみるとなんだか気になるものが見つかります。
実際、僕もなぜだかわくわくするというだけで、森の奥へと進み、目にとまったものを6日間、記録してきました。せっかく撮ってきたんだから全ての映像を見てくださいなんてことはまったくありません。なんなら目をつぶって耳を澄ますだけでもいい。会期中、そこに森は在り続けるので、また会いたいと思ったときに寄ってもらえたらと思います。
岡本香音(おかもと・かのん)
東京都生まれ。早稲田大学卒。基幹理工学部土田是枝研究室で是枝裕和監督らの指導のもと短編映画を制作。在学中からフリーランスのカメラマンとして活動。『美と、美と、美。 資生堂の スタイル展』(2019年、日本橋髙島屋)ではロボットを使ったインスタレーションで展示も手掛けた。2022年4月に電通入社。