「絵本★百貨展」の最後は、谷川俊太郎さんの朗読と元永定正さんの絵による『もこ もこもこ』(絵・元永定正 文研出版 1977)の部屋。谷川さんの声の響きと、元永さんの絵の色と光に包まれるインスタレーションを制作した、映像作家の岡本香音さんに話を聞きました。
取材・執筆:天田泉
会場撮影:高橋マナミ
ポートレート撮影:高見知香
― 『もこ もこもこ』の絵本のなかに入ったような気持ちになる、作品ですね。
岡本 この空間は、地平線に包まれて自分が真ん中にいるような気がしますよね。今回、何年か前に収録された、谷川さんの『もこ もこもこ』の朗読を聞いたときに「これはすごい! この朗読と元永定正さんの力のある絵があれば、この空間は大丈夫」と思いました。絵と文字と谷川さんの声だけで成立していたので、シンプルにやってみようと考えました。
実際にこの部屋で映像を流したら、『もこ もこもこ』の壮大さは、植物が育っていくのを観察するくらいのスケールで見せるのがちょうどいい。1枚の絵の間に流れている時間が、1分なのか1時間なのか、それとも1000年なのか1万年なのかわからないけれど、時間のスケールを感じながら、絵本の世界に入ってもらえたらいいなと思いました。
―作品制作の過程で、何か発見はありましたか?
岡本 映像は、絵本の1ページ1ページをつないでつくっています。順当にやろうとすると、1見開き目で左ページに「もこもこ」の文字と絵があって、右ページに「にょき」の文字と絵があったとき、「もこもこ」と言うタイミングで左ページの絵だけ出てきて、「にょき」の絵はことばが出てくるタイミングで現れるのが、本来のやり方です。でも、今回の映像では「にょき」の絵は最初から見えていて、谷川さんが「にょき」と言った瞬間に、アクションが起こる感じにするのがおもしろいんです。
もこもこ にょきにょき
岡本 ことばの長さは関係なく、ピタッとくることばがひとつあるだけで、絵が動き出すんです。あれはどこからどう見ても「にょき」で、それ以外にない。ひとつのことばがはまっただけで、急に絵が動き出して、その世界がつくられていくというのが、今回、絵とことばでできた絵本というものに向き合うことで、はじめて体験できました。
―「ぎらぎら」の場面は、すごくエネルギッシュですね。
岡本 谷川さんの朗読は、「もこもこ」や「にょき」は軽やかにチャーミングにやっているけれど、「ぎらぎら」のところはとてもエネルギッシュで、絵がどんどんふくらんできて膨張して破裂するような映像が見えてきました。
「ぷうっ ぎらぎら」のところは、谷川さんは絶対に息継ぎをしないんですよね。「ぷうっ ぎらぎら ぱちん!」は一連のスペクタクルであるというのが、朗読を聞いて伝わってきました。だから、スライドショーもあそこからはたたみかけるように表現して、「ぎらぎら」のところはプロジェクションの上に強い赤色の照明をスクリーンからはみ出すように照らして、絵本の世界と観ている側の世界の境界を壊わせたらいいなと思いました。
「谷川俊太郎 絵本★百貨展」『もこ もこもこ』会場写真(撮影:岡本香音)
―『もこ もこもこ』を、作品にしていかがでしたか?
岡本 最初にこの仕事を受けたときは、正直『もこ もこもこ』をちょっと甘くみていました。表紙がかわいいし、あっという間に読めちゃいますから(笑)。でも、空間にするために向き合っていたら、この作品は大変だ、大変なことがこの中で起きている!!と作品の魅力に圧倒されました。何度も読み直したり、時間をかけて1ページをみてみたりする中で気づきに変化があるというのは、絵本ならではの体験だと思います。
それから、谷川さんのお宅にお邪魔して、朗読の収録をご一緒させていただいたのですが、ことばを書いた本人が声に出すと、作品がいきいきしてくるんですよね。あの軽やかさがすごく魅力で、でも、そのなかにすごくニュアンスが入っていて、軽やかさのなかに重たさがあるというか。それは本当に谷川さんにしか出せないものです。
岡本 収録を終えて最後に、「きょうはありがとうございました」と言ったら、その日、はじめてお会いしたのに、谷川さんが「またね」と返してくださったんです。そのひと言にすごく動かされてしまって。「またね」ってうれしいなって、ひと言の強さみたいなものをおしえていただきました。
―すてきなお話をありがとうございました。
岡本 香音(おかもと・かのん)
映像作家。東京都生まれ。早稲田大学卒。基幹理工学部土田是枝研究室で映画制作を学ぶ。在学中からフリーランスのカメラマン・エンジニアとして活動。『美と、美と、美。 資生堂のスタイル展』(2019年、日本橋髙島屋)ではロボットを使ったインスタレーションで展示も手掛けた。2022年4月に電通入社。