【junaida展インタビュー】ブックデザイナー・名久井直子さん

「絵をじっと見て、その絵の中のものになりきってみる。」

ブックデザイナーとして、数多くの書籍の装丁を手がける名久井直子さん。junaidaさんが装画を描いた、長野まゆみさんの『カムパネルラ版 銀河鉄道の夜』(河出書房新社)、中島京子さんの『キッドの運命』(集英社)、伊坂幸太郎さんの『逆ソクラテス』(集英社)などの小説の装丁や、画集『UNDARKNESS』(Hedgehog Books)のデザインを担当しています。
名久井さんに、junaidaさんの絵が持つ魅力、「IMAGINARIUM」展の楽しみ方を聞きました。

取材・執筆:内山さつき
会場撮影:白石和弘
ポートレート撮影:高見知香

名久井直子さん

見えないところまで想像できる楽しさ

―junaidaさんの絵のどんなところに魅力を感じますか?

名久井 junaidaさんの絵って、大きいものと小さいものが同居している感じがするんです。そして実際には絵に描かれていない、細かいところも想像したくなるような楽しさがある。たとえば、絵の中の子どものポケットの中にはもしかしたら石ころが入っているんじゃないかとか、その石ころの形まで見えるような気がするくらい想像が膨らみます。

絵の中に隠されている、そうしたかわいいものを追って、永遠に頭の中で細かくなっていくような感じが好きですね。もとからすごく細かく描かれているけど、まだ先に何かがあるような気にさせてくれる。また、junaidaさんが描くはためく布も魅力的ですね。junaidaさんが描く服がほしくなります!

―初の大規模な展覧会「IMAGINARIUM」をご覧になってどうでしたか?

名久井 私は仕事上、普通の人より原画を見る機会が多い方の人間だと思いますし、junaidaさんの原画も何度も拝見しているのですが、こんなにたくさんの原画が揃っているのは初めて見たので、圧巻でした。

また、原画ならではの魅力を感じる絵と、印刷物となったときにより輝いて見える絵とがあって、それはもしかしたらjunaidaさんが描き分けているのかもしれないと思いました。例えば本の装画のために描かれた絵は、原画ももちろん美しいですが、印刷物は印刷物でまた違う良さがあるんです。

―たとえばそれはどんなことでしょう?

名久井 junaidaさんは、独自の色のトーンを持っている人で、浅葱色みたいな色、少し濁ったブルーを多く使われる気がします。そのjunaida色を印刷で出すのは難しいですが、junaidaさんの場合は、単に原画通り出ればいいというのではなくて、印刷によってより良くしたいという姿勢もすごく感じられます。普通の作家さんだと、原画と色が合っていることがOKという場合も多いですが、junaidaさんはその先を求める感じ。作家さんの中でも、かなり印刷に対する造詣が深いと思います。

―junaidaさんとの仕事で、どんなことが印象に残っていますか?

名久井 ラフと完成した原画がほとんど変わらないところです。他の作家さんだと、ラフの段階と仕上がりでは結構絵が変わったりとか、「ここ、こうなったんだな」みたいなことがありますが、junaidaさんはほとんどそのままなので、ラフに行くまでの段階で考えて計算し尽くされているのがすごいですよね。

装画の仕事と画集『UNDARKNESS』について

―装画を依頼するときには、どんな風に進めていくのですか?

名久井 装画はデザインのイメージが先にあって、それに沿って描いていただくようにお願いすることも多いです。細かいことまでは言わないですが、例えば長野まゆみさんの『カムパネルラ版 銀河鉄道の夜』では、この四角いスペースにきっちり収まるような絵がほしいとか、中島京子さんの『キッドの運命』では、中島さん初の近未来SF小説だったこともあり、多面的な感じが出る絵がいいな、とか。

長野まゆみ『カムパネルラ版 銀河鉄道の夜』(河出書房新社、2018)

名久井 装画のときは、junaidaさんが小説の世界観にチューニングを合わせてくれる感じがあります。だからいつもとはちょっと違うjunaidaさんが見られるのが装画の魅力かな。

―画集『UNDARKNESS』について教えてください。

名久井 ヒグチユウコさんのギャラリー、「ボリス雑貨店」で、junaidaさんとヒグチさんの二人展をするときに、画集も同時に二人で出そうということになりました。「闇」をテーマにして、二人でおそろいみたいな感じでつくりました。普段はかわいらしい絵も多い、junaidaさんのダークな一面が見られる画集です。

―互いの作品からインスピレーションを受けて描かれたのでしょうか?

名久井 一度打ち合わせは一緒にしましたが、作り始めたら、お互い「できるまでは見たくない」と言って、ヒグチさんはヒグチさん、junaidaさんはjunaidaさんで作業していましたね。結果的に二人の持つ「闇」の方向性や、度合いがそれぞれ違って面白かったです。

出来上がった本も布張りということと、題簽(本の書名を記した紙や布を表紙に貼ること)があることが共通しているくらいで、junaidaさんの『UNDARKNESS』は瀟洒な佇まい、ヒグチさんの『FEAR』は動的な雰囲気の、全く別のものになりました。

『UNDARKNESS』(Hedgehog Books、2021)

絵の中のものになりきってみる

―名久井さんおすすめの「IMAGINARIUM」の鑑賞の仕方はありますか?

絵をじっと見て、その絵の中のものになりきってみると楽しいんじゃないかなと思います。たとえば、メインビジュアルの帽子の女の子の絵だったら、この帽子の縁に立っている子の気持ちになって見てみるとか、『街どろぼう』(福音館書店)の絵だったら、もし自分がこの巨人に持ち上げられた家の中にいたら、どんな景色がこの窓から見えるんだろう、もしかしたら『Michi』(福音館書店)に描かれているような風景が見えるのかな、とか想像してみる。

―一枚の絵でいつまででも遊んでいられますね。

名久井 junaidaさんはどんどんサービス精神が高まってきているんじゃないかと思います。どんどん絵が緻密になって、絵の中にいろいろな遊び心が隠されていて。たとえば、メインビジュアルには『の』(福音館書店)に出てくるような子があちこちにいたりして。色んなことが隠れていますよね。

―名久井さんは、どの子がお気に入りですか?

名久井 junaidaさんの絵って、あえて個人認識させないように描いていると思うんです。アノニマスな感じ。だからどの子というのは言えないかな。そして絵の中で、常に動いているのは風や服など「もの」であって、描かれている人の「心」ではない感じがするんです。その人がどういう気持ちでいるのかは、見る人に委ねられているというか……。

―なるほど、だから自分を投影することができるんですね。

名久井 うん、だから絵を見て「あ、それは私だ」って思えるのかもしれない。もしかしたら、誰もが自分を投影できるような「誰でもない人」を描いているのかも。本人に聞いたら、「違う」と言われてしまうかもしれないですけど、私はそんな気がしています。

名久井直子(なくい・なおこ)さん

ブックデザイナー。1976年生まれ。
装丁を中心に紙まわりの仕事を手がける。

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2022年11月5日(土)19:00−20:30/junaida展「IMAGINARIUM」関連イベント
2022年10月8日(土)―2023年1月15日(日)
2022年10月8日(土)―2023年1月15日(日)
「今僕ができる最上のものができた。」
企画展示 junaida展「IMAGINARIUM」
光も闇も引き連れて 絵筆に灯る 想像と空想