まるで展覧会会場全体が一つの迷宮のようにさまざまな仕掛けが施されている「IMAGINARIUM」。
普段のPLAY! MUSEUMとは違う空間に変身したこの展覧会の空間設計を手がけた建築家の張替那麻さんに、その秘密を聞きました。
取材・執筆:内山さつき
会場撮影:白石和弘
ポートレート撮影:高見知香
迷宮「IMAGINARIUM」ができるまで
―「IMAGINARIUM」は展覧会の空間デザインにもかなり力が入っているように感じられます。どんなふうに制作を進めていったのですか?
張替 全体のコンセプトとしては、PLAY! MUSEUMの特徴になっている一筆書きで連続していく空間と、junaidaさんの絵本に感じられる連続性を空間的に重ね合わせていこうというアイデアがありました。
さらにインテリアとして、木がたくさん使われているPLAY! MUSEUMのベージュと、junaidaさんの絵から連想するゴールドや赤をキーカラーとして重ね合わせられないかと考えていきました。
―入り口にゴールドの扉がありますね。このかなり大きな扉を、観客自身が押して開けるという体験には、わくわくしました。
張替 PLAY! MUSEUMは3.6メートルの天高を基準に作られているのですが、それいっぱいの大きな扉を作ることで、人間世界のスケールとは違う、絵本の世界の入口になるような「IMAGINARIUM」感を表現できたらと思いました。
張替 その扉を入った先が「交錯の回廊」と呼ばれるコーナーなのですが、ここは奥の大きな楕円の部屋に続いていく場所なので、自然と先へ誘われるような雰囲気にしたいと思い、ゴールドのカーテンを曲面状につけて回廊のようにしました。右側は木の仕上げとゴールドの額、床にはベージュの絨毯を敷き、左側にはゴールドのカーテンをつけて、絵そのものが際立つように、空間をベージュ系のトーンで統一しました。
そして壁には床から高さ30センチのゴールドの巾木がついていて、奥の空間へ続いていきます。日本の住宅では、通常、巾木は5センチ程度なのですが、それよりも大きな寸法にすることで、ここでも非日常的なスケールを感じられるようになっています。
絵本とは異なる作品体験を空間で味わう
―その先に続く、PLAY! MUSEUMの一番大きな空間は、今回「浮遊の宮殿」と名付けられていますね。メインビジュアルとjunaidaさんの絵本原画が飾られています。ここはどのように考えてデザインしたのですか?
張替 大切にしたのは、junaidaさんの絵本の世界をどうやってPLAY! MUSEUMでしか体験できないものにするかということ。絵本の原画は、曲壁に沿って貼られた大きな金色のパネルの中に展示しています。
たとえば『怪物園』(福音館書店)は、「夜の世界」と「昼の世界」が描かれているので、そのパネルの中で2つのパートに分けて配置し、一枚の大きな絵画を見るような雰囲気にしました。また、『街どろぼう』(福音館書店)は、巨人が山の上に上るパート、下の街に下りてくるパートをそれぞれ上下に配置することで、視覚的にも対比的に見えるようにしています。絵本とはまた違った連続性を体験できるよう意識しました。
junaida展「IMAGINARIUM」に展示されている『怪物園』(福音館書店)原画 junaida展「IMAGINARIUM」に展示されている『街どろぼう』(福音館書店)原画
―そして『の』(福音館書店)は、通常の順路で進むと絵だけが連なって見え、逆方向から進むと文字だけが連なって見えるようになっていますね。
張替 junaidaさんの絵本は、言葉だけでも絵だけでも「読める」絵本。それで、言葉だけを読む感覚と絵だけを見る感覚を、同時に会場に作り出したいと思ったんです。そこから絵と言葉を分けながら連続していく屏風型のディスプレイを考えました。これは一点一点の原画と言葉をゆったりと眺められる大きな額であり、動くことで変化する空間絵画のようなものでもある、そんなイメージがありました。
junaidaさんの絵本が持つ構造をそれぞれのパネルで表現しながら、かつ展覧会全体の連続性も保てるような鑑賞体験になったらと。そこから「IMAGINARIUM」というひとつの宮殿が立ち現れてくることを想像していました。
―3枚のメインビジュアルのパネルは大きく掲げられて、神殿のようでもありますね。
張替 実はjunadiaさんが最初に展覧会のイメージをスケッチされていたノートがあって、そこにカーテンが描かれていたんです。それを上手く生かせないかなと。パネルの上に側壁に沿うようなドレープがかかったカーテンを付けたら、空間やパネルとの連続性を保ちながら、きっと一枚一枚が一層引き立つのではないかと考えました。このカーテンはパネルの装飾に留まらず、タッセルを取り付けて次の部屋へ誘う間仕切り壁にもなっている。そうしたインテリア的な造作が、より神殿性を感じる部分に繋がっているかもしれません。
循環する作品世界を感じてほしい
―布はjunaidaさんが描くモチーフの一つですし、カーテンや緞帳のイメージは、エンデの『鏡のなかの鏡』に通じるものがありますね。そのノートには、他にどんなアイディアがあったのですか? またそれをどのように実現したのですか?
張替 たとえば、花のシャンデリアのスケッチもありました。そういうスケッチを抽象化したり、拡大解釈したりしながら、junaidaさんのイメージと重ねていきました。シャンデリアのイメージは、入り口の、メインビジュアルの下絵の展示方法に繋っています。宙空から下げた円形の赤いシェードの内側にモノクロの線画をプリントし、上からスポットライトを当てています。
これは「IMAGINARIUM」のタイトルを聞いて、上を見上げて想像する人の姿から得たアイディアでもありますが、光に包まれてお客さんが展覧会に入っていくという導入にもなって良かったと思います。
そうそう、そしてこの「赤」と「円」についていうと、最後の「潜在の間」で、楕円の赤いカーテンの上にjunaidaさんの絵を並べることになったとき、導入にもこの「赤」と「円」の予感があるといいなと思い、取り入れたんです。junaidaさんの作品の中にある循環構造を空間的にも体験してもらいたくて。
―他にも順路を進むと、元いた場所にふと戻ってきたりして、一瞬自分がどこにいるかわからなくなるような不思議な感覚がありました。
張替 普段は通用口として使っている部分を展覧会の主動線の一部としているんです。そうすることで、いつもと違うPLAY! MUSEUMの空間体験になっているのではないかと思います。junaidaさんの絵ってどこか謎めいた部分もあって、ちょっと彷徨うような迷宮的な感覚というのは「IMAGINARIUM」らしいと言えるかもしれません。
―junaidaさんの絵が一堂に会するような「潜在の間」については?
張替 junaidaさんから、ここは闇の世界の美しさに没入できるような場所にしたいという話がありました。そこで床と壁は赤で統一し、カーテンはヒダをとって立体的な表情にして、そこから浮き出すように絵を展示しました。普段の鑑賞空間とは違う少し不穏さのある雰囲気をイメージしていました。それと、『EDNE』(白泉社)のような鏡面関係がつくれないかと思い、浮遊の宮殿と同じ楕円空間にしました。さらに細かな部分なのですが、額のサイズを縦に統一して、大きさも2種類に絞り、額の上下の高さを揃えて壁に飾ることで、没入感が高まるようにしました。
具象と抽象を自由に行き来する人
―工夫をこらした絵の見せ方とたくさん出会えますね。こうしたアイディアの源となったjunaidaさんの作品の印象とは?
張替 junaidaさんの絵って、建物の窓枠やレンガ、シェードの骨組み、バルーンの柄などとても細かく描き込まれていますよね。一方で、作品世界には抽象的な構造を感じさせる部分がある。『の』や、エンデの『鏡のなかの鏡』へのオマージュ『EDNE』、『Michi』(福音館書店)などに特にそういう構造を感じます。緻密な具象と、構造的な抽象の世界を自由に行き来できる方なのでは、というのが僕の強い印象でした。
そのjunaidaさんの世界観にうまく共鳴するように、いろいろ考えさせてもらうのはとても楽しかったです。
junaida展「IMAGINARIUM」会場 junaida展「IMAGINARIUM」会場
―これから観に来る方に、「これを知っていると楽しい」というポイントを教えていただけますか?
張替 今回は「ゴールド」がキーカラー。さまざまな造作や仕上げに関わる部分ごとに、質感の異なるゴールドが使われています。ここまでゴールドに囲まれるという機会はあまりないと思うので、それぞれの質感や風合いを楽しんでいただけたら面白いのではと。
僕はよくPLAY! MUSEUMの展覧会に来ていたので、普段の展示の雰囲気も知っていて、今回それをいい意味でずらすようなものができたら面白いし、文字通りPLAY! MUSEUMになるのではと思って設計しました。普段のPLAY! MUSEUMとは少し違う空間体験を楽しんでいただけたら嬉しいです。
張替那麻(はりかえ・なお)
建築家。デザイン会社DRAFT、藤本壮介建築設計事務所を経て、2016年 クリエイティブスタジオHarikeを設立。建築やインテリア、展覧会のデザイン、ブランドの企画から空間にわたるディレクション、自社によるファッションブランドHarikaeのプロデュースなど多岐に活動を展開。主な仕事に、K保育園、クリスチャンダダ南青山店、JINSあべのウォーク店、資生堂のスタイル展、和田誠展等。JID日本インテリアデザインアワード、空間デザインアワード等受賞。